後悔
「雁野を助手に?」
暁市のとある居酒屋。
事件時よりも幾分顔色が良くなった壱弥と燎悟が酒と料理を楽しんでいた。
「ちゅうか、壱兄ぃ。もっとオシャレなバーとか、なかったん?」
「すまん。ああいう所はちょっと苦手でな……」
「まぁ……壱兄ぃにはオシャレなバーより、日本酒に焼き魚の方が合う気がせんでもないけどな」
燎悟は医師免許を持つが、特定の医療機関で働く医師ではない。
父親の後を引き継いで《ドグラマグラ》の研究をする傍ら、日本全国を飛び回っている。
ひとたび《ドグラマグラ》が発生すると、通常の医療機関には診せられない重傷者が出るからだ。
《ドグラマグラ》と相対する《母体》も無傷ではすまないことが多い。
もちろん、《ドグラマグラ》による怪奇事件の解決に、燎悟の豊富な知識が役立つというのもある。
燎悟は各都市の怪異担当の刑事とも顔見知りだった。
それ故、ひとところに留まることはない。
「颯志の店を僕が買い取ったやろ?」
「……あぁ」
「そん時な、結丹のヤツ。颯志の店の前で僕のことを待っててん」
*
警察の捜査が終わった颯志の美容室、アクアムーンを燎悟が買い取ったあの日。
結丹がアクアムーンの前に立っていた。
「……どうしたん?」
「僕、普段は左手しか使えないけど、それでも日常生活には支障がない」
「うん」
「戦闘では、多少役に立つ。見ただろ?」
「……うん?」
「僕をアンタの助手として雇ってくれないか?」
「…………はぁ?」
突然の結丹の言葉に、流石の燎悟も理解が追いつかず、ポカンと口を開けた。
*
「びっくりしたけど、僕は通常の戦闘じゃ役立たずやろ? 今回も園村奈津美との戦闘では何も出来なかったし」
燎悟の《庭》は相対した相手の《ドグラマグラ》で相手を自滅させる。
威力は強いが、発動条件が難しい。
故に、苦痛こそ伴うが発動条件が易しく戦闘向きな結丹の《胎児》は燎悟には確かに魅力的だった。
「それに、颯志が最後に残したの、あいつの……結丹の髪型やん」
颯志が結丹の髪を整えた時、颯志は既に手遅れだった。
発狂秒読みでいつ《ドグラマグラ》を起こしてもおかしくない……そんな状況下で颯志は結丹の髪を整えたのだった。
「颯志に、あいつを頼むって頼まれた気がしてな……」
壱弥が、ぐいっと酒を呷る。
「俺がもっと早く颯志に会いに行っていたら、颯志は発狂しなかったのだろうか……」
電話越しに寂しかったと言った颯志の言葉が壱弥の胸に引っかかっていた。
壱弥が暁市に来た際に、颯志が暁市に住んでいることを知った際に、すぐ会いに行っていれば颯志の発狂は回避出来たのでは……そんな後悔が、壱弥を苛んでいた。
「さぁ、どうやろ……」
燎悟はそんな曖昧な返事を返しておいた。
燎悟の《庭》は《母体》や《ドグラマグラ》を消し去ることは出来ても、残留思念までは消せない。
颯志の残留思念はまだこの暁市に残っている。
颯志の残留思念ならば、壱弥の《葬儀》に快く《参列》するだろう。
壱弥はまた、颯志に会える。
答えはその時本人に聞いた方が良いだろう。
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