私の太陽【GL】
柊 奏汰
私の太陽-1
日和(ひより)の笑顔を見るのが大好きだった。名は体を表すとはまさにこの子のためにあるんだろう、と思わせるような、明るくて快活な女の子。人見知りで引っ込み思案な私にとってはまさに太陽みたいな存在で、保育園の入学式で泣いていた私に声を掛けてくれたあの日から、私達はずっと一緒に過ごしてきた。家も一区画だけ隣のご近所さんで、家を出て一緒に学校に行き、学校でもずっと一緒に過ごし、帰ってきてからも近所の公園で暗くなるまで遊んでいた、唯一無二の親友。でも、高二の夏、私はそんな日和の笑顔を失わせないために、日和と一緒にいることを辞めた。
「穂香(ほのか)、待ってよ!」
案の定、日和は自分に寄り付かなくなった私を追いかけて来た。それもそのはず、進学した高校も、クラスも文理選択も同じ、高校に入ってからもずっと2人で一緒にいたのに、私が急に日和から距離を取ってしまったからだ。十日くらいは様子を見ていたようだけど、これまでそんなに長期間離れていたことは一度もなかったから、やっぱり何かあると確信したようだった。
「何で最近私の事避けるの?私何かした⁉」
「ううん、してない」
「何か怒ってるの?」
「怒ってないよ」
「じゃあ何で!何で私を避けるの⁉」
日和が私にはっきりと怒りをぶつけたのは、この時が初めてだったかもしれない。心の底から怒っているのに、それが心底悲しいって顔して、目には一杯に涙を溜めて真っすぐに私を見つめていた。
「もう、日和と一緒に居られなくなるからだよ。私、来年にはこの高校は居られなくなるの。だから今のうちから離れていた方がいい」
私は悩みに悩んで、もう逃げられない、と悟った。事実だけを告げれば、驚きに目を見開いた日和の頬をすっと一筋の涙が伝っていく。何で?と私に聞き返すその声が思った以上に震えていて、自分で選んで距離を置いたはずなのに、心に大きな釘が突き刺さったような痛みを覚えた。
「どういうこと?高校辞めちゃうってこと?」
「辞める…のとはちょっと違うかな。他の学校に行くの」
また、何で?と私に聞き返す声が、さっきよりも小さくなっていた。
「私の目、もう少しだけしか見えてないんだ」
「え…」
「中学の時から何かおかしいなとは思ってたんだけど。だんだん視野が狭くなっていって最終的には失明する病気で、来年にはほぼ見えなくなるだろうって言われてる。本当は今、日和の顔を見るのがやっとの視野しかなくって…だから、普通の高校には通えなくなるから、四月から特別支援学校に行くの」
「嘘、でしょ…本当に?」
「…うん、ほんと」
日和が本当に悲しそうな顔をするから、私まで泣いてしまいそうになる。涙が、その頬にいくつもの筋を作って流れ落ちていくのを日和は乱暴に拭って、また私を真っすぐに見つめた。でも、さっきまでの怒りの色はなくなって、今は心から悲しんでいる目だった。
「もっと、早くに知りたかったよ」
「ごめん。日和が悲しむと思ったからさ」
「確かに聞いたら悲しいけど、黙ったまま居なくなっちゃうのはもっと悲しい。私、穂香とはずっと一緒に居られるって思ってたのに…こんな大事なこと黙ってるなんて」
「うん、ごめんね」
「一緒の学校にはいられなくても、穂香のこと一番大事に思ってるのは私だから!私が穂香の目になるから、だから!」
私の手を取って一生懸命に言葉を紡ぐ日和が眩しかった。日和の真っ直ぐな言葉は、これまでもいつだって私を前向きにさせてくれて、きっと”私のことを大事にしてくれている”というのも心からの本当の言葉なんだと思う。そしてそれはきっと、これからも変わらずそうなんだと思う。だけど。
「ふふ、私の目になるってどうするの?私、大学も行けるか分からないし、きっとその先の就職や結婚だって…」
「うん!だから結婚しよ!」
「え⁉な、何の冗談…」
「私、本気。だからちゃんと考えて」
その言葉だけは冗談だと思いたかった。いつもみたいに『なんてね!言ってみただけ!』とか何とか言ってケラケラ笑う日和の笑顔を想像していた。だってそれこそ、私が一番日和に隠しておきたい気持ちだったから。
「…本当に、ずっと一緒にいてくれるの?だって何も見えなくなっちゃうんだよ。日の光さえ分からなくなって、日和の顔や一緒に見た風景だってきっと忘れちゃう」
「大丈夫。一緒にいる。約束する。学校が変わっても離れないから覚悟しててよね」
「覚悟って…」
「穂香が嫌なら、キッパリ振ってくれていい。それでこの気持ちは終わりにするから」
真剣な眼差しから、心からの言葉なんだと分かって、嬉しくて涙が溢れてくる。
「離してって言われても、離してあげられなくなるかもよ」
「いいよ、そんなこと言うつもりないから。逆に穂香が離れたくなるかも」
「んー…私もそれは嫌、だな」
いつの間にか私の気持ちは決まってしまっていて、もう日和と別の道を進むなんて選択肢は心の中から無くなってしまっていた。日和といるといつもそうだ。私がどれだけひねくれたって、どれだけ迷って悩んでいたって、結局最後には二人一緒に同じ方向を向いている。
「じゃあ、日和に一つだけお願いしたいの」
「何?」
「私の目が見える最期の日まで、隣で笑っていて欲しい。私の記憶の中の日和はいつも笑顔だから、それを忘れないでいたい」
「うん!もちろん!」
こうして、私達は『ずっと一緒にいること』を選んだ。日の光さえ分からなくなって、真っ暗な世界になってしまったとしても、私の隣にはずっと、笑顔の日和がいるのだ。それはきっと、これからの私の希望になってくれる気がした。
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