2章:捜査協力

第4話

 大学構内の寮で死体が見つかった……それを聞いたときには驚いたが、それが南朋子だとわかったときには驚きよりも信じられないという気持ちのほうが強かった。


 つい二日前の土曜日の夜に話をしていたのだ。まったく実感がわかない。


 大学内には警察が入り、今日の一般の授業は休講となった。ゼミなどが中心の三、四回生は登校しているものもいたが、一般教養など全体授業が中心の一、二回生などはほとんどきていない。そのためか学内にいつもの活気はない。


 南の死を知ってか知らないでか由香は登校してきていない。ラインをして見ようかと思ったが文章を打ちかけてやっぱりやめた。


 ゼミ室で哲学の本を読んでいるが内容が全く頭に入ってこない。南のことで気が滅入っていることもあるが、磐田と二人きりというのも一層気が重い。こんな日にも磐田はいつもと変わらず数学の教科書を広げながらパソコンに向かってよくわからない研究を続けている。


 南のゼミの教授ということで朝から松本は警察に事情聴取などを受けていたらしい。一般の事件や事故なら家族などからの聞き込みが中心だが、今回は大学の敷地内のできごとだ。しかも南朋子は地方出身で一人暮らし、最後に実家に戻ったのも二カ月前の春休みのことだというので、最近の様子を聞くには松本が適任だと判断されたようだ。


 南の最近の様子について他の哲倫ゼミの学生にも聞き込みを行う可能性があるという連絡が松本から大学内の内線を使って回ってきた。ちょうど譲が電話を取って磐田につないだので、どんな内容だったか尋ねると答えてくれた。


 同級生といっても南とちゃんと話をしたのは土曜日の懇親会ぐらいだったが、自分と同じ年の知りあいが亡くなるという経験は譲にとっては初めてだったので何とも言えないやりきれなさがする。


 このままゼミ室にいても全く集中できないので、今日はもう帰ろうと席を立った時、磐田ゼミの扉をノックする音が聞こえた。磐田はちらりとも扉の方を見ず、応じる気配もなかったので仕方なく譲が応対する。


「ああ、柳瀬君、磐田先生はいるかい?」


 扉を開けると倉内とその後ろに長袖シャツをまくった肩幅の広い男が立っていた。見たことない顔だが倉内の様子を見ると警察の関係者といったところだろうか。背はあまり高くないが筋肉質の体はひょろっとした倉内と対照的だった。


 譲が招き入れた倉内ともう一人の男がすぐ側まで来ても磐田はパソコンから目を離さず、一心不乱に文字を打ちこんでいる。


「まったくこんな大変な時に自分の研究か? 私も松本先生も朝からばたばただったんだよ」


 磐田の態度に倉内は嫌味を言うが、磐田は倉内とその後ろの男を一瞥するとまたパソコンの画面に視線を戻す。


「私の仕事はこれなので。事件だか事故だかわからないがそれを解決するのは後ろの警察の人の仕事でしょ」


「学生が亡くなっているのに何て言い草だ! まったく君という人は……」


「それと研究は別の話でしょ? それで私にいったい何のようです?」


 倉内が言い切るよりも早く磐田が言葉を返す。磐田の失礼な態度に倉内は鼻息を荒くしてしばらく磐田を睨みつける。やがてこれ以上この男に関わっても無駄だと思ったのか要件を話し出した。


「……警察の方々が一応、南朋子の知りあいにも話を聞きたいらしくてな。勝手に学内をうろつかれても困るので一人案内人をつけて差し上げろと松本先生に言われたんだよ。別に私がしてもよかったんだが、この方がどうしても君に頼みたいとご指名でね」


 磐田が後ろの男を睨みつける。


「君の言うとおり警察の方もお仕事で来ているので協力してくれたまえ、いつまでも警察にうろつかれても迷惑なのでね」


 内容だけ伝えると「それでは私はこれで失礼する」と言って大股で肩を怒らせながら部屋から出ていった。その後ろ姿は譲から見ても小物に映ったが「いいんですか? あのままで」と一応聞いておく。


「……構わんだろ、別に」


 開いたままのドアを眺めながら磐田が言った。


 譲はそのまま磐田の近くに立つ警察の男に視線を移す。その男が恭しく敬礼のポーズを取って「捜査にご協力お願いします!」と叫ぶ。磐田はため息をつきながらノートパソコンを畳んだ。


「いつまでその他人行儀を続けるつもりだ、めんどくさい」


 磐田が捨て放つように言うのを聞いて、その男は笑いながら敬礼を解く。


「そういうなよ、徹。お前の言うようにこれも仕事なんだ。協力してくれよ」


「……俺にとっては仕事でも何でもない」


 譲は二人のやりとりに驚いて二人の顔を交互に見る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る