第2話 トリアージ

「……Sofia-Coreが行うのは、医療現場で言うトリアージに似ています。」


 “トリアージ”


 フランス語由来の言葉だが、伊吹はこの単語があまり好きではなかった。

 日本語で言えば“選別”――だが、それではあまりに冷たい。


「すみません、トリアージというのは?」

 女性アシスタントが首を傾げる。


「救急の現場で、患者の治療順位や搬送先を決める判断のことです。識別救急、とも言いますね」


 ――“選別”と言わずに済んで、ほっとする。


 ――言葉ひとつで、人は態度を変える。


 だからこそ、この言葉を使う側には責任が伴う。


「そう、Sofia-Coreは相談者の悩みや困りごとを聞いて、それを最適な担当機関へ振り分けるんです」


「皆さんも経験ありませんか?言葉は悪いですが……役所や病院でのたらい回し……」


 女性アシスタントが手を打って頷く。

「あぁ、はい」


「Sofia-Coreは、あらゆる相談・通報を一括で受け付けます。

どこに相談したらいいのか分からない、どんな制度があるのか知らない……

こうした方々と行政サービスを最速でマッチングできます。」


「なるほど、申請主義の欠点を補うわけだ。」

 

 MCが腕を組みながら成瀬に目を向ける。


「おっしゃる通りです。」


 隣で成瀬が身を乗り出した。ようやくいエンジンが掛かってきたようだ。


「申請主義の弊害は、日本の行政が長らく抱える課題です。」


「必要な情報にアクセスできない人や、手続きが難しいと感じる人にとっては、せっかくのサービスも利用しづらくなっているのが現状なんです。」


 成瀬に寄っていくカメラを横目で見ながら、伊吹はわずかに身を引く。


 ――まったく、いつもスロースターターなんだよお前は。


 走り出した成瀬の駆動力は、いつだって見事だ。

 伊吹の説明を軽やかに引き継ぎ、成瀬が語り始めた。


「Sofia-Coreの完成形では、24時間365日、あらゆる種類の相談を受付ける運用を目指しています。」


「完成形?では今は未完成ということですか?」

 男性MCが問い返す。


 成瀬は前のめりになる。

「そうですね。現時点で技術的には完成しています。」


「ただ、AIということで、全面的な導入に抵抗感を持つ方もいらっしゃるので……」


「これまでは初期段階として、福祉分野に機能を限定した、ソフィアβで実績を積んできました。」


「今は次のステップとして、ソフィアβの後継であり、正常進化版のSofia-Coreでの実証を考えているところですね。」

と、成瀬が語る。


 ――これで無茶な要求さえしてこなければ、最高のビジネスパートナーなんだがな。


 伊吹は椅子の背もたれに軽く身を預けた。

 スタジオのライトが、少しだけ熱を増した気がした。


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