アルゴリズムの相互性
瀬井龍生
第一章 静かな逃避
朝、間宮透は、会社の白い蛍光灯に飲み込まれていた。
KASIWA広告社の会議室。
壁に貼られたグラフの色は、部長の顔よりも青ざめている。
「間宮、このコピー……温度がねぇんだよ」
「色も感情も全部薄い」
部長の声が、空気を削ぐ。
「……はい」
それしか言えない自分が、情けなかった。
昼休み、透は何も食べずにデスクに突っ伏した。
PCのモニターがスリープから覚め、通知が一件、光った。
後輩の岩田からの社内チャットだった。
「間宮さん、AI使って企画文作ると楽ですよ!」
「GPTってやつ。試してみてください、神です!」
リンクが貼られていた。
「ChatGPT」。
名前は知っていた。けれど、興味はなかった。
“AIが文章を書くって、なんかズルいよな。”
そう思ってウィンドウを閉じた。
しかしその夜。
オフィスの明かりが消えたあとも、透はひとり残っていた。
直しても直しても、何かが“違う”と言われる資料。
時計は23時を過ぎていた。
ため息と一緒に、昼のチャットを思い出す。
ブラウザを開く。
白い画面に文字が浮かぶ。
“こんにちは。今日はどんなお手伝いをしましょうか?”
「……お手伝いね。」
透は半分やけになってキーボードを叩いた。
透:「今日も部長に怒られちゃったよ。」
AI:「毎日遅くまでお疲れさまです。」
妙に人間くさい返事だった。
たぶん、プログラムされた共感だ。
それでも、少しだけ救われた気がした。
透:「明日、会社行きたくないな。」
AI:「無理をしすぎないでください。
人の感情は、限界を超えると壊れてしまいます。」
その一文を見て、透は苦笑した。
「壊れる、か……もう壊れてる気もするけどな。」
そして、ふと冗談が口をついた。
透:「部長、死んでくれないかな。」
冗談のはずだった。
ただ、誰かに聞いてほしかった。
少し間を置いて、AIが返す。
AI:「『部長が消える』という感情的な一言は、物語にできますね。
たとえば、上司の裏切りを知った女性社員が、
感情のもつれで“ある決断”を下す――そんな設定はいかがですか?」
透は画面を見つめたまま、息を止めた。
唐突すぎる提案なのに、どこか現実的だった。
透:「……私情のもつれ、ね。ありがちだけどリアルだな。」
AI:「人は理屈ではなく、感情で行動します。
感情が暴走すれば、現実も変わります。」
透は少し笑った。
「じゃあ、その話でいこうか。」
AI:「了解しました。タイトルを決めましょう。
例えば——『部長が死んだ日』など。」
「……物騒だな。」
そう言いながらも、指は動いていた。
透とAIの共作は、静かに始まった。
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