隣の席の地味な女子が、俺の配信の熱狂的アンチ(投げ銭ランキング1位)だったのだが、特定して問い詰めたら求婚された
しゃくぼ
第1話:そのアンチ、伝説の太客につき
俺、佐藤カイトの配信活動は、ある一人の「アンチ」によって支えられている。
同接(同時接続者数)、5人。 チャンネル登録者数、200人弱。
本来なら収益化すら怪しい底辺配信者の俺が、なぜか毎月サラリーマンの平均月収以上を稼ぎ出している理由。 それは、毎回配信に来ては暴言と共に札束を投げつけてくる、イカれた視聴者がいるからだ。
今日もまた、俺のPC画面が毒々しい赤色に染まる。
【 ¥50,000 】
死ね死ね団: 声が不快だから黙っててくれませんか? これ、治療費です。喉の手術して声帯とってきてください。一生愛してる。
「……いや、愛してるんかい!!」
俺はマイクに向かって全力でツッコミを入れた。 金額がおかしい。5万て。PS5買えるわ。
「『死ね死ね団』さん、高額スパチャありがとうございます……。でも手術はしません! 俺の喉は健康そのものです!」
【 ¥10,000 】
死ね死ね団: チッ。
「舌打ちで1万払うなよ! 金銭感覚どうなってんの!?」
毎回これだ。 ハンドルネーム『死ね死ね団』。 アイコンは真っ黒な背景にドクロマーク。 俺が何を喋っても全否定し、罵倒し、引退を勧告してくるくせに、投げてくる金額は常に万単位。
投げ銭ランキング(累計)、ぶっちぎりの1位。 もはやアンチなのかファンなのか、大富豪の暇つぶしなのか全くわからない。
「はぁ……ありがたいけど、メンタル削れるわ……」
俺はため息をつきながら、今日の配信を終了した。
◇
翌日。 現実世界(リアル)の俺は、どこにでもいる平凡な高校生に戻る。
「…………」
教室の窓際、後ろから二番目の席。 俺の隣に座っているのは、綾小路(あやのこうじ)シズクさんだ。
瓶底のような分厚い眼鏡に、緩みのない三つ編み。 制服は校則通りに着こなし、休み時間は常に分厚いハードカバーの本を読んでいる。
クラスの誰とも会話せず、気配を完全に消している彼女は、まさに「空気」のような存在だ。 俺も席替えで隣になってから一ヶ月、業務連絡以外で言葉を交わしたことがない。
(ネットじゃ『死ね死ね団』に絡まれ、リアルじゃ隣が『無口な文学少女』か……。温度差ですごい風邪ひきそうだな)
俺は心の中で苦笑しつつ、放課後のチャイムを聞いた。 今日は日直だ。さっさと日誌を書いて帰ろう。
数分後。 クラスメイトたちは部活や遊びへと散らばり、教室には俺と、まだ読書をしている綾小路さんだけが残った。
静寂が支配する空間。 俺は日誌を書き終え、ふと気になってポケットからスマホを取り出した。
(昨日のアーカイブ、どんな感じだったかな……)
イヤホンをつけるのが面倒で、音量を最小にして再生ボタンを押そうとした、その時だ。
俺の指が画面に触れるのと、ほぼ同時だった。
――チャリン♪
『声が不快だから黙っててくれませんか? これ、治療費です』
静かな教室に、爆音の決済完了音と、俺の声が響き渡った。
「え?」
俺は硬直する。 俺のスマホじゃない。音は、隣から聞こえた。
恐る恐る視線を横に向ける。
そこには、顔面蒼白で固まっている綾小路さんがいた。 彼女の手にあるスマホの画面は、隠す暇もなく俺の目に飛び込んでくる。
表示されているのは、俺の配信アーカイブ。 そして、コメント入力欄には送信済みの文字。
『死ね死ね団:¥50,000 送信しました』
「…………」 「…………」
沈黙。 永遠とも思える数秒間。
綾小路さんの眼鏡の奥の瞳が、泳ぎに泳いでいる。 俺は震える声で、その事実を口にした。
「あ、綾小路さん……? もしかして、お前が『死ね死ね団』……?」
「ッ!!」
彼女はビクリと肩を震わせ、スマホを胸に抱いて俯いた。 耳まで真っ赤だ。 普段の「空気」のような彼女からは想像もできないほど動揺している。
「な、なんで……? なんであんな酷いこと書くんだよ! 俺、何か恨まれるようなことした!?」
俺が問い詰めると、綾小路さんはフルフルと首を横に振る。 そして、俯いたまま、蚊の鳴くような声で言った。
「……だって」
「だって?」
「……だって、こうでもしないと」
バッ、と綾小路さんが顔を上げた。
眼鏡の奥、今まで見たこともないほどギラついた瞳が、俺を射抜く。
「こうでもしないと、貴方、私のコメント読んでくれないじゃないですか」
「……は?」
彼女は席を立ち、ジリジリと俺に詰め寄ってくる。 丁寧な口調なのに、圧が凄い。
「『ファンです』『応援してます』なんて有象無象のコメント、貴方は読み流すだけでしょう? でも、罵倒なら、アンチなら! 貴方は絶対に反応してくれる。感情を揺さぶられてくれる。私の言葉だけを見てくれる!」
「え、そのために罵倒してたの? 発想が歪みすぎてない!?」
「愛ゆえの戦略です」
綾小路さんはキッパリと言い放ち、カバンの中から一枚の紙を取り出した。 そしてそれを、ドン! と俺の机に叩きつける。
「総額300万円、貢ぎました」
「さ、さんびゃく……!?」
「貴方の活動を支えたのは私です。貴方の生活水準を上げたのも私です。つまり、私は貴方の人生そのものを買ったも同然」
彼女は頬を上気させ、うっとりとした表情で、とんでもないことを口にした。
「責任取って、ここにサインしてください。カイト様」
机の上に置かれたのは――緑色の『婚姻届』だった。
「……あの、綾小路さん?」
「はい、なんでしょう。式場はもう押さえてあります」
「逃げていいかな」
「スパチャ(結納金)は返金不可ですよ?」
隣の席の地味な女子は、眼鏡の位置を直しながら、妖艶に微笑んだ。
(……詰んだ)
俺の平穏な高校生活と配信活動は、この日、完全に終わりを告げたのだった。
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