第5話:「伝説の勇者様ですね!」と目を輝かせる姫様に「いえ無職です」と答えたら、装備の隠し効果で即堕ちした件

ギルドの天井に人間ロケットで風穴を開けてから、数分後。


現場はカオスを極めていた。 ギルドマスターのガイルは床に頭を擦りつけて震えているし、他の冒険者たちも俺を神か何かのように崇めている。


「いや、だから立ってくださいって。俺、ただのレンですから」


俺が困り果てていると、ギルドの入り口から、やたらと甲高い声が響いた。


「えぇい、控えおろう! この国で最も気高く美しい、セレスティア王女殿下のお着きであるぞーッ!!」


ジャキィィィンッ!!


揃いの銀鎧に身を包んだ王宮騎士団が、雪崩のように入ってきた。 その中心を歩いてくるのは、まばゆいばかりの金髪と、宝石のような青い瞳を持つ美少女――セレスティア王女だ。 国一番の美女と噂される彼女の登場に、ギルド内の空気が一変する。


「な、何事ですかこの騒ぎは……? それに、天井のあの穴は……」


姫様は、惨状を見て眉をひそめた。 そして、その視線が、部屋の中央で一人だけ平然と突っ立っている俺に止まる。


「……あっ」


姫様の目が、俺の装備――《覇王の鎧》と《星砕きの剣》を見た瞬間、カッと見開かれた。


「(ま、まさか……あの神々しいオーラ……古の文献にある『救世の神具』!?)」


姫様の中で、勝手な解釈が加速していく。 彼女は騎士たちの制止を振り切り、ツカツカと俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「そこの方! あなたがこの騒ぎを鎮めたのですね!?」


「え? いや、鎮めたというか、むしろ騒ぎの原因というか……」


「謙遜なさらなくて結構です! その身に纏う、世界を統べるごとき覇気……あなたが、伝説に謳われる『勇者』様なのですね!?」


姫様の瞳が、期待でキラキラと輝いている。


「いえ、違います。ただの無職です」


俺が即答すると、姫様は「えっ」と固まった。


「む、無職……? これほどの力を持ちながら、世俗に縛られない自由人ということですか……? な、なんてクールな……!」


いや、都合よく解釈しすぎだろ。


「無礼者ォォォッ!!」


背後から、騎士団長らしき髭面の男が怒鳴り込んできた。


「姫君の御前であるぞ! そのふざけた格好と態度、万死に値する! 直ちに捕らえよ!」


「まちなさい、レオン!」


姫様が騎士団長を制止する。


「私はこの方に、運命のようなものを感じているのです。少し、直接お話しさせてください」


姫様はそう言うと、少し顔を赤らめながら、そっと俺の手に触れてきた。


「あの、勇者様……あなたの本当のお名前を、教えていただけませんか……?」


その、白魚のような指先が、俺の《覇王の鎧》のガントレットに触れた。


ドクンッ。


その瞬間。 俺の視界に、今まで見たことのないピンク色のシステムウィンドウが割り込んできた。


【 隠しスキル発動:『絶対魅了(チャーム・オブ・アブソリュート)』 】


【 説明 】 装備者の「魅力値」をシステム限界まで引き上げ、対峙する異性の思考中枢を強制的にハッキングする禁断のパッシブスキル。


【 現在のステータス 】 魅力:∞(測定不能・神をも魅了するレベル)


【 対象 】 セレスティア・ラ・ヴァルハラ(王女)


【 判定結果 】 効果はバツグンだ! 好感度が限界突破しました♡

「……へ?」


俺が変な声を出した次の瞬間だった。


「ひゃんっ♡」


さっきまで凛としていた姫様が、可愛らしい悲鳴を上げて、その場にへたり込んだ。


「ひ、姫様!? どうなさいました!?」


騎士団長が慌てて駆け寄る。 だが、姫様の様子がおかしい。 顔は茹でダコのように真っ赤で、目はトロンと潤み、呼吸が荒くなっている。


「あ、あぅ……♡ な、何これ……体が、熱い……♡」


姫様は自分の胸元を抑えながら、熱っぽい視線で俺を見上げてきた。


「ゆ、勇者様……いえ、レン様……♡ あなたに触れられた瞬間、私の中に、激しい電流が……♡」


「貴様ァ!! 姫様に何をしたァァァッ!!」


騎士団長が激昂し、剣を抜いて俺に斬りかかろうとする。


「おやめなさいッ!!」


それを一喝したのは、他ならぬ姫様だった。


「ひ、姫様……?」


「レオン、剣を収めなさい! このレン様は……この方は、私の……私の……っ♡」


姫様はもじもじしながら立ち上がると、あろうことか、俺の腕にギュッと抱きついてきた。 柔らかい感触が腕に伝わる。


「わ、私の『運命の旦那様』なのですから!!」


「「「はあああああああああああっ!?!?!?」」」」


ギルド内にいた全員(騎士団含む)の絶叫がハモった。


「ちょ、姫様!? 何言ってるんですか!?」


俺が慌てて引き剥がそうとするが、姫様の力は意外と強い。というか、装備のせいで離れられないみたいだ。


「ああん♡ レン様の腕、たくましい……♡ もう私、レン様なしでは生きていけません……♡」


姫様は完全に目がキマっていた。依存度が限界突破している。


「騎士団! 総員、傾注!」


姫様は俺の腕にしがみついたまま、キリッとした顔で命令を下した。


「このレン様を、国賓……いえ、『私の婚約者』として、丁重に王宮へご案内するのです! さあ、レン様! すぐに結婚式の準備をしましょう! ドレスは何色がいいですか!?♡」


「いや、展開早すぎない!?」


俺の意思は完全に無視され、暴走した姫様によって、俺は王宮へと連行されることになったのだった。

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