第2話:「素振り」のつもりで軽く振ったら、ダンジョンが半壊して地図が書き換わった

第2話 「素振り」のつもりで軽く振ったら、ダンジョンが半壊して地図が書き換わった


「う、うわあああああっ!! 化け物だあぁぁぁッ!!」 「逃げろ! 関わったら存在ごと消されるぞッ!!」


俺を置いてけぼりにして、パーティメンバーたちが全力疾走で逃げていった。 ダンジョンの入り口へ向かう彼らの背中が、あっという間に小さくなる。


「……なんだよ。急用でも思い出したのか?」


俺は一人、ダンジョンの通路に取り残された。 静かだ。 さっきまでやかましかったゴブリンたちの鳴き声も聞こえない。まあ、全員泡を吹いて気絶(あるいは即死)しているから当然なのだが。


「さてと」


俺は手にした『神話級(SSR):終焉を呼ぶ星砕きの剣』を見下ろした。 改めて見ても、デザインが派手すぎる。 刀身が宇宙空間みたいにキラキラしていて、見ていると吸い込まれそうだ。


「攻撃力『∞(無限)』って書いてあったけど……まさかな」


普通に考えて、ステータス表示のバグだろう。 俺の本来の攻撃力は「1」だ。 いくら強い武器でも、装備者が貧弱なら本来の性能は引き出せない。それがこの世界の常識だ。


「とりあえず、使い心地くらいは確かめておくか」


俺は目の前の、頑丈そうな岩壁に向き直った。 本気で振る必要はない。 重さを確かめる程度の、軽い素振りでいい。


「よいしょ、っと」


俺は手首のスナップだけで、コッと軽く剣を振った。


その瞬間。


世界から「音」が消えた。


ズンッ!!!!!!


遅れて、爆音。 いや、爆音なんて生易しいものじゃない。大気の悲鳴だ。


キィィィィィィィィンッ!!!! ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!!


剣の軌跡から放たれた衝撃波――いや『閃光』が、一直線に伸びた。 目の前の岩壁? そんなものは一瞬で消し飛んだ。 その奥の部屋も、さらにその奥の通路も、ダンジョンの外壁すらも。


「……は?」


土煙が晴れた後、俺は目を疑った。


ダンジョンの壁に、巨大な風穴が開いていた。 いや、穴じゃない。 ダンジョンが「割れて」いた。


地下にいたはずなのに、なぜか綺麗な青空が見える。 俺が剣を振った延長線上の地面が、遥か数キロメートル先までV字にえぐり取られ、新しい渓谷が誕生していた。


さらに、その先にあったはずの標高2000メートルの山が、綺麗サッパリ消滅していた。


「…………」


俺はそっと剣を鞘に納めた。


「うん。なんか、地盤が緩んでたんだな」


見なかったことにしよう。 俺の攻撃力は1だ。あんなことが人間にできるわけがない。きっと偶然、隕石でも落ちてきたに違いない。


そう自分に言い聞かせ、踵を返そうとした時だった。


ピロリン♪ ピロリン♪ ピロリンピロリンピロリンピロリンッ!!!!


通知音がバグったスロットマシンのように連打された。


【ログ:ダンジョン第1層~第5層のモンスターが全滅しました】 【経験値を獲得……レベルが急上昇しています】 【ユニークスキル『ガチャ運:EX』発動】


「えっ」


俺が見た光景。 それは、更地になった地面を埋め尽くす、虹色の海だった。


さっきの一撃(素振り)で、射線上にいた何百、何千というモンスターが消し飛んだらしい。 そして、その全てが『SSRアイテム』をドロップしていた。


「嘘だろ……?」


【 SSR:魔神王の心臓 】 【 SSR:不老不死の霊薬(エリクサー) 】 【 SSR:世界樹の枝 】 【 SSR:召喚書『バハムート』 】


国宝級、あるいは世界を揺るがすレベルのアイテムが、ゴミのように転がっている。 あたり一面が神々しいオーラで輝きすぎて、直視しているだけで目が焼けそうだ。


「いやいや、こんなの持って帰れないって! アイテムボックスだって容量が……」


俺が慌てていると、足元に一つの小さな巾着袋が落ちているのが見えた。 それもまた、虹色に輝いている。


【 アイテム名:神話級(SSR)《四次元格納庫(インフィニティ・ポケット)》 】


【 容量 】 ∞(無制限)


【 特殊効果 】 ・自動回収: 所有権を持つアイテムを、半径1km以内から自動で吸引する。 ・時間停止: 中に入れたものは腐らず、劣化しない。

「あ、解決した」


俺がその袋を拾い上げた瞬間。


ズオオオオオオオッ!!


ダイソンも裸足で逃げ出す吸引力で、周囲のSSRアイテムたちが次々と袋の中に吸い込まれていく。 数千個の伝説級アイテムが、わずか数秒で俺のポケットに収まった。


「……よし、帰ろう」


俺は何も見なかったし、何もしていない。 ただちょっと、運良くアイテムを拾っただけだ。


俺は崩壊して半分青空教室みたいになったダンジョンを、口笛を吹きながら後にした。


***


一方その頃。 ダンジョンの外、王都のギルド本部。


「き、緊急事態発生ッ!! 緊急事態発生ッ!!」 「東の『はじまりの森』方面にて、極大魔力反応を感知!! 測定不能! 測定不能!!」 「山が……山が一つ消滅しました!!」 「なんだと!? 禁呪か!? 勇者が暴走したのか!?」


ギルドマスターが血相を変えて叫ぶ中、モニターに映し出された映像には、 のんきな顔で、半壊したダンジョンから出てくる一人の青年の姿が映り込んでいた。


「あの男は……誰だ……?」


世界はまだ、レンの正体を知らない。

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