第18話

リリーお姉様が、納得したように言った。

「…でも、あり得ない話じゃないわね」

イザベラお姉様も、頷いた。

「そうよね。あの人、うちが落ちぶれた途端に、頻繁に家に来るようになったじゃない?以前の屋敷には、足も向けなかったくせに」


スティーブは、怒りに歯を食いしばった。

「…あの野郎、旦那様を落ちぶれさせて、リリーさんを手に入れるのが目的だったのか…許さん!」

彼が、窓に突進しようとするのを、私達は必死になって止めた。

「スティーブ、落ち着いて。侯爵のお話を聞きましょう」

「そうよ。仕返しするのは、それからでも遅くないわ」


スティーブを椅子に座らせて、私達は侯爵の方を見た。

彼は軽く頷いた。

「…これから、俺が取調室に入る。あなた達は、彼の話をここで聞いていてくれ。心配はいらない。向こうから、こちらは見えないから」

侯爵は、そう言うと部屋を出て行った。


私達は、椅子に座って、成り行きを見守る事にした。

侯爵が部屋に入ると、コークさんはやつれた顔を上げた。

「…あんたは…」

「会うのは二度目だな。俺はブラックウィンド侯爵だ」

「…偉そうな若造だとは思ったが、まさか貴族様だったとはな…」


侯爵は椅子に座ると、コークさんと向かい合った。

「お前のやった事は全て分かっている。証拠も全て揃っているからな。そこで、今日は、なぜあんな詐欺を働いたのか、その理由を聞かせてもらいたい」

コークさんは、目の前の侯爵を馬鹿にしたように笑った。


「あんたがそれを知って、何になるんだ?」

「俺はスターリング伯爵の娘と婚約している。つまり、伯爵はオレの義理の父親になる、という事だ」

「…ふん、成程な。結婚する前に、義実家の問題を、片づけておきたいという訳か」

コークさんは下を向くと、しばらくの間、沈黙していた。


やがて顔を上げた彼は、どこか開き直ったような表情を浮かべていた。

「…いいだろう。どうせ俺は貴族様を騙した罪で、処刑されるんだろう?だったら、すべてを話してやるよ」


コップの水を飲み干すと、コークさんは話し始めた。

「…俺は若い頃から、必死に働いて、自力で金持ちになった。それは誇るべき事だよな?」

「そうだな」

「そうだ。それなのに、俺の友人は貴族の娘をたらし込んで、何と伯爵になってしまったんだ。…戦争の英雄だか何だか知らんが、ただの平民の男がだぞ?そんな事ってあり得るのか?」


「…まあ、前例が無い事もない」

「…世の中は不公平だ。ジョージはみんなから伯爵様、領主様と持てはやされる。俺程度の金持ちは、貴族の舞踏会や、王宮には決して招待されない。高貴な方々からしてみれば、取るに足りない存在で、一生見向きもされないんだ」

コークさんは、被害者意識に取り憑かれているようだった。


「俺はジョージを見返す為に、仕事にのめり込んだ。そして、俺には分不相応な身分の女を妻にした。…散々贅沢させてやったのに、結局二人とも、俺のもとから去って行った…どうしてだ?俺はただ金を稼いで、あいつらに楽をさせてやりたかっただけなのに!」

侯爵は、黙って彼の話を聞いていた。


「…そんな時、久しぶりにジョージと再会した。あいつには美人の嫁さんと、かわいい三人の娘がいた。…絵に描いたような、幸せそうな家族だった…」

コークさんの目が、怒りに燃え上がった。


「…この男から、全てを奪ってやったら、どんな顔をするだろうか…そう思った」

「だから、彼の義父を騙したのか?」

侯爵の厳しい声に、コークさんはびくっとしたが、すぐに開き直って言い返して来た。

「…そうだ、俺がやったんだ。あのお人よしの爺さんを、見事に騙してやった。紙切れ一枚で、あいつらの全財産を巻き上げてやった…ざまあみろだ!」

コークさんは、勝ち誇ったような声で笑い出した。


スティーブが拳を固めて、立ち上がると、取調室のドアへと向かおうとする。

リリーお姉様が、ドアの前に素早く立ち塞がった。

「リリーさん、どいて下さい」

「どかないわ。あなたを犯罪者にする訳にはいかないもの」


イザベラお姉様が、彼の腕を取った。

「スティーブ、まずは彼の話を全部聞きましょう?それからどうするか考えましょうよ」

スティーブは、窓の向こう側のコークさんを、凄い目付きで睨んでから、椅子に座った。

リリーお姉様が、彼の隣に座ると、その手を強く握り締めた。


侯爵は、コークさんが笑い終えるまで、静かに待っていた。

コークさんは、笑った事で、力を使い果たしてしまったようだ。

急にがっくりしてしまい、俯いて黙り込んでしまった。

「…だが、あいつは屋敷やワイン畑を失っても、笑っている…どういう事だ?全財産を失ったんだぞ?…もっと、ショックを受けてもいいはずだろう?」


私は、黙って座っているお父様を見た。

お母様が、その手をしっかりと握りしめている。

お父様の口から、深いため息が漏れた。

「…サミュエル…友達だと思っていたのになあ…」





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