第32話 乾杯!鍛冶場から始まる魔王国酒造革命
すっかり正常を取り戻した木々の梢が月光を受けて微かに揺れていた。
昼のざわめきが春宵の気に溶け、世界そのものが微睡みに沈む夜。
だが、ここ魔王領、ラニのお膝元にある鍛冶場は例外だった。
昼間の熱気をそのまま閉じ込めたような赤々とした炎が炉の奥で唸り、金属を焼く匂いと酒の香りが入り混じって、夜気を酔わせている。
そこへ――
「かんぱぁぁぁぁい!!!」
木製のジョッキがぶつかり合う音。
乾杯の声が一斉に上がり、火事場の天井が震えた。
「かぁーっ!!酒精の弱い酒がこんなにうまいとはなぁ!!」
「全くだ。ラニ様はすげぇお人だよ。あれ?人か?」
「まぁ、細けぇこたぁいい!この“ビール”の前ではな」
そう言って、また陽気にジョッキを打ち鳴らす。
炉の赤と酒の泡が揺らめき合い、夜の鍛冶場は宴会さながらだった。
ビール――それはラニがドワーフ達の働きに報いるため、“私”の記憶をもとに伝えた新しい酒だった。
今や酒蔵ではウワバミ指揮のもと「ウイスキー」「ブランデー」そして「ビール」の三種が造られている。
原料は全てドラゴニュートの里から空輸で運び込まれ、できたそばから彼等――エイダン、ドラゴニュート、ドワーフの喉を潤し、あっという間に消えていく。
流通?そんなものは存在しない。造った端から飲み尽くされるのだから。
しかも驚くべきは、ラニでさえ魔法で三年熟成が限界だった酒を、エイダンは十年もの熟成をやってのけたことだ。
これにはさすがの炎古龍もふらついていたが、ウワバミの尊敬の眼差しはプライスレスだからしょうがない。
こうして誕生したラニ酒造初の酒は、常識を飛び越えた「十年熟成ウイスキー」という奇跡の一滴となった。
琥珀色の液体を注げば、焦がした蜜のような香ばしい甘さと、木樽の奥から漂うウッディな香りがふわりと広がる。
ひと口含めば、舌の上でキャラメル、スモーク、蜂蜜、木の実――いくつもの旋律が重なり合うような味わい。
それはまるで、魂に直接響くオーケストラ。
エイダンも、ドラゴニュートも、ドワーフもひとくちで黙り込んだ。
誰もが動きを止め、ただ目を閉じて余韻に浸る。
それほどの衝撃だったのだ。
続いて完成したブランデーもまた彼等の心を鷲摑みにした。
その熱狂ぶりにドラゴニュートの里からはさらなる職人たちが増員され、ドワーフの手によって蒸留塔や地下貯蔵庫も次々と増設・拡張されていく。
とはいえ、熟成酒は時間が命。
エイダンに毎度ふらつきながら十年分の熟成を担当させるわけにもいかず、代わりにドラゴニュート達が交代で儀式魔法をかけ続けるという“気合い体制”が整えられた。
しかし、それでも毎日飲めるわけではない。
そこで登場したのが“ビール”。
酒精は弱いがとにかく喉越しがいい。
泡が喉で勢いよく弾け、ホップの香りが爽快に鼻を抜ける。
この軽やかさに、ドラゴニュートも、普段「火酒」しか飲まぬドワーフ達も思わず唸った。
しかもビールは蒸留も熟成も不要。材料と発酵さえあれば量産可能だ。
瞬く間に“日常の酒”として受け入れられ、鍛冶場では毎晩、ジョッキ片手の宴会が開かれるようになった。
ではその材料は?
今のところドラゴニュートの里頼みとなっている。
しかし、そんな魔王国を憂い、立ち上がった民がいる。
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ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
明日は「第33話 飲め!揚げろ!歌え!鍛冶場から始まる魔王国の大宴」です。
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