異世界転生、即ホラー。俺のチートが日本の絶望しか鑑定しないんだが?
爆裂超新星ドリル
第一話:鑑定チートは怨嗟を知る
眩い、と鈴木雄一すずき ゆういちは思った。
日本の教室の淀んだ空気、肌にまとわりつく湿気、クラスメイトの冷たい視線。それら全てが、今、神殿のような豪奢な空間で、数多の魔導ランプと聖なる紋様が放つ白銀の光に焼き払われていた。
「おお……勇者様。遥かなる異世界より、この『アウロラ王国』を救うため、貴方様が光臨された」
声の主は、絢爛なドレスを纏った若き王女だった。彼女の表情はまるで彫刻のように整い、その瞳は雄一という異質な存在に対する、純粋な「希望」に満ちていた。元の世界で彼が常に受けていたのは、侮蔑か無関心だけだった。その過剰なまでの歓待に、雄一は背筋が粟立つのを感じた。
「お名前は、鈴木雄一様でよろしいでしょうか。その力、我々を救う力は、どのようなものか……」
王女の背後に控える厳めしい甲冑の騎士が、水晶を掲げる。雄一の目の前に、光の文字列が弾けるように展開した。それは、彼が元の世界で「自分もこんな風になれたら」と妄想した、理想の自己像そのものだった。
【主人公:鈴木 雄一】 年齢:17 ジョブ:勇者(固定) レベル:1 HP:S++ (神域) MP:S++ (神域) 力:S+ 敏捷:SS
「信じられん!初期レベルでこの数値……まさしく伝説の勇者様!」
騎士団長が感激に声を震わせた。
そして、誰も気づかない最下段に、雄一の持つ特別な力が表示される。
固有スキル:『魂の鑑定ソウル・イグザミナ』
「――鑑定。全てを見通す至高のチート。雄一様、貴方は最高の加護を得て、この世界に逃れてこられたのです!」
雄一の胸は熱くなった。いじめ、無視、誹謗中傷。全てから逃げ切った。ここは、彼の才能と存在が、ようやく認められる場所なのだ。その安堵感こそが、彼が手に入れた最初の、甘美な報酬だった。
王城で与えられた聖剣を携え、雄一は実戦指導役の熟練剣士ザックと、王都近郊の『嘆きの森』へと向かった。
森の空気は重く、喉の奥にへばりつくような粘着質な湿気を帯びていた。
(異世界なのに、まるで日本の梅雨時の、あのじめじめした団地の裏手のようだ……)
腐葉土の香りではなく、古い畳や生ゴミがわずかに発酵したような、薄汚れた匂いが鼻をついた。清浄なファンタジーの空気とはかけ離れている。
「勇者様、初めての獲物です。ゴブリンは弱く、すぐに終わります」
ザックの言葉に続き、藪の中から獣じみたゴブリンが飛び出してきた。
雄一は、与えられた聖剣を水平に振り抜く。S++の力が乗った一撃は、ゴブリンの首を正確に刎ね飛ばし、地面に倒れ伏させた。
「さすがです!もう終わりだ!」ザックは誇らしげに言った。
しかし、雄一の鼓動は興奮ではなく恐れで速くなっていた。彼はチート能力の真の姿を確かめるため、ゴブリンの亡骸に『魂の鑑定』を発動した。
ステータス・ウィンドウは、倒したゴブリンの情報を表示する。
【魔物:ゴブリン】 ジョブ:雑兵 スキル:突撃(D)、肉食(E) HP:0/120 経験値:100 ドロップ:ゴブリンの皮(F) ……
そして、例の空白。数秒の沈黙の後、ウィンドウの最下部が、雄一の脳裏を直接叩くかのような、強烈な嫌悪感を伴う文字で埋まった。
怨嗟値えんさち:9,920(呪詛浸食)
未練:『SNSで炎上した私を、誰も助けてくれなかった』
「な……んだ、これ」
雄一は思わず後ずさった。呪詛浸食。9,920という、意味不明で禍々しい数字。そして、「未練」の文言は、あまりにも具体的で、あまりにも日本的だった。剣と魔法の世界のゴブリンが、なぜ「SNSでの炎上」に苦しんでいるのか。
その瞬間、ゴブリンの亡骸から、まるで煮詰まった泥を沸騰させたような黒い靄が立ち昇り、雄一の右手の痣――召喚時に刻まれた血のような色の印――へと、猛烈な勢いで吸い込まれていった。
「――っ!ぐぅうっ!」
それは、経験値という名の、異物だった。憎悪の塊が、皮膚を突き破り、血管を逆流して心臓を掴むような、耐え難い精神的な激痛だった。元の世界で受けた、あらゆるいじめ、陰口、悪意が、この黒い靄に濃縮されているように感じた。
黒い靄が完全に吸収されたとき、彼のステータス・ウィンドウが更新された。
【主人公:鈴木 雄一】 レベル:2 (NEW!)
雄一は、その上昇したレベルを、もはや誇りとは感じられなかった。それは、誰か一人の、現代社会における純粋な絶望と憎しみを、彼が**「経験値」として摂取した**ことに他ならない。
「レベルアップ、おめでとうございます、勇者様!さすがでございます!」
ザックが陽気に祝福するが、雄一の耳には、そのゴブリンの最期の怨嗟の念が、高周波の耳鳴りのように響いていた。
(俺が、レベルを上げるたびに……元の世界で、誰かが、呪いに変わるのか……?)
雄一は、チート能力という名の「無限に増殖する呪い」を与えられた管理者として、逃げてきたはずの元の世界の底なし沼に、再び引き戻されていくような、言い知れぬ恐怖に囚われていた。彼はもう、次の魔物と戦うことが、怖くて仕方がなかった。
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