第23話 夜伽

「将監殿、ちゃんと事前に湯を入れて中身を全部出してきただろうな。最中に粗相してしまったら、それこそ切腹ものだぞ」


 平四郎の小姓の一人、大庭三左衛門が殿の寝所に案内しながらそんな風に脅しをかけてきた。将監は白い褌に白い寝間着姿。この後の事を想像し、思わず身震いしてしまう。



 ――話は元服し、半月が経った日に遡る。

 突然下荒井の城から急使がやってきて、黒川城へ登城せよと命が下った。急いで馬を飛ばして向かうと、城で待っていたのは父上では無く別の人物であった。その人物は栗村下総守と言い、蘆名一門で平四郎の側近の一人。その下総守に案内されるままに、わけもわからず一室で待機させられ、殿が来られると言って大広間に連れて行かれた。

 その後平四郎が現れ、告げられたのは「近習に取り立てる」であった。


 近習と言っても、平四郎に声をかけられたらそれに応える、和尚が来て共に書を学ぶ、稽古で手合わせをする、後は一緒に飯を食うという程度。それ以外の細々とした事は大庭たち小姓が行う。近習となって、あっという間に一月が過ぎた。


 そんなある日、近習たちと小姓を交えて槍の腕試しをしてみようという事になった。こう見えて将監は槍の扱いには長けている。あれから何度も師範の余一郎に手合わせをしてもらって、その腕を磨いてきた。軟な小姓如きには負ける気がしない。そして最終的に平四郎が最も可愛がっている大庭三左衛門との決戦となった。

 カチン、カチンと激しく柄がぶつかる音がし、二人がジリジリと間を狭めていく。すると突然、三左衛門は槍を手から放し背を向けた。


「殿、この者、非常に見どころがございます。明日、それがしの代りに可愛がってやってくださいませ」


 そう言って三左衛門は膝を付いた。平四郎は将監の顔を見て難色を示したのだが、三左衛門の意向を汲み承諾したのであった――



 寝所に入ると、三左衛門が将監に鼻を近づけてきてクンクンと匂いを嗅いた。


「ふむ。言われた通り沐浴もして、香も焚いてきたようだな。なかなか良い香りの香ではないか」


 緊張で強張っている将監を落ち着かせようと、三左衛門は殊更優しい笑みを向けてきた。平四郎も美丈夫なのだが、この三左衛門はそれに輪をかけた美丈夫。美丈夫に微笑まれれば、そこまで悪い気はしない。


 近習たちの話によれば、三左衛門は元は二本松の畠山家配下の国衆であったらしい。畠山家と伊達家が小競り合いを起こした際、援軍として駆けつけた平四郎が、その報酬として三左衛門を要望した。何でも戦場での優雅な槍捌きに一目惚れしたらしい。領土の割譲だの銭だと米だのと言われるのを覚悟していた畠山右京大夫は、その程度でよいのならばとあっさり引き渡したのだそうだ。


 押し黙ったままの将監を見て、三左衛門がごそごそと懐をまさぐり、蛤の貝殻を将監に差し出した。


「良いか、決して余計な力を入れるでないぞ。力んでしまうと殿もしんどいでな。それがしはこれで帰るが、その膏薬を事前に菊座に塗っておけ。痛みが少なくて済む」


 緊張でここまで将監は無言。そんな将監を残し、三左衛門は部屋を出て行った。



 それからどれだけ時が過ぎただろうか。

 少しウトウトとしてきたところで遠くの方から衣擦れの音が近づいてきた。平伏している将監を見て、ふうと一つ息を吐き、平四郎は寝間着を抜いて褌一丁になった。


 平伏している将監の隣に座り、手慣れた手つきで寝間着を脱がしていく。その間、将監は不快感しか感じていなかった。お互い褌一丁。ちらりと平四郎を見たせいで、目が合ってしまった。特大のため息を付く将監。

 そのため息で平四郎はすっかり興が醒めてしまったらしい。止めだと言い放った。


「それがしだって、好みというものはある。そなたが乗り気なのなら仕方ないとも思ったが、そうで無いのに何で抱いてやらねばならんのだ。馬鹿らしい」


 そう言うと、平四郎はそそくさと寝間着を着始めた。


「それがしは、このような事をなされずとも、殿を盛り立てていくつもりです。それがご隠居様との約束ですので」


 ぼそっと呟くように言った将監の発言に、平四郎はがばっと体の向きを変えて、将監の肩を両手で掴んだ。


「そう言えばそなた! 少し前にご隠居様に呼ばれて向羽黒山を訪ねたと聞いた! いったいご隠居様と何の話をしたのだ!」

「他愛ない話にございますよ」

「そんなはずは無い! 少し前からご隠居様はそれがしを遠ざけるような態度を取っておる。それがしの事について何やら言ったのでは無いのか! それがしの事を讒言したのであろう!」


 平四郎が周囲をキョロキョロと見渡し刀の位置を確認した。そんな平四郎の態度に将監は幻滅し、特大のため息を吐きつけた。


「それがしはその時は元服前。そんなそれがしが、何の目的があってそのような事をせねばならぬのです」

「それは……わからぬが……」

「よくお考えくだされ。そもそもご隠居様が呼んできたのです。こちらに目的などあろうはずが無いではありませんか。ご隠居様に遠ざけられている? ならばその理由が何か、お考えにはなったのですか?」


 何一つ言い返せず、平四郎が喉の奥を鳴らした。まるで叱られた童のような顔で将監をじっと見ている。


「殿が接する相手にも、頭脳があり、感情があり、思考があります。目の前の人物は動く案山子では無いのです。恨みを買えば殺意を覚え、失望されれば見捨てられます。当主ならば当主らしく、相手の事を慮って、もっと深謀遠慮を心掛けてくださいませ」

「黙れ! それがしはこれでも少しは考えてはおるのだ。今この家はご隠居の意向が強い。重臣の大半は言わばご隠居派だ。このままでは必ず彼らは面従腹背となる。だからそれがしの事を理解してくれる者を増やさねばならんのだ」

「今は振り分けをしている時期とでも言いたいのですか? そのような人を試すような真似をしていたら、他家の調略が入って、繋がれていた心まで離れてしまいますぞ」


 精一杯の平四郎の反撃であったが、将監には蚊が刺した程度でしかなかった。逆に将監の反論は平四郎の気持ちをぽっきりと折ってしまった。今度は平四郎が大きくため息をつく。


「……では、そなたに問いたい。今後、それがしはどうして行ったら良いと思う? どうしたら綿毛のように飛散しそうな重臣たちの心を繋ぎ止められると思う?」


 平四郎が将監の両肩をぐっと掴む。その端正な顔は真剣そのもの。その眼差しの奥に将監は何か光るものを見た気がした。


「まずは、相手にも思う所があるのだという事を念頭において接する事です。簡単なのは褒める事です。そして重臣たちには、その軽口を黙らせるだけの実績を見せる事です。すなわち、戦場にて強大な敵を破る。そのために手を貸せと仰せであらば、この将監、尽力は惜しみませぬ!」

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