Zatoichi 2099 Part Two
小柳こてつ
Act.1 沈黙と狂気の契約
KIMURA社タワー最上層。
その階層だけは都市の喧騒から完全に隔絶され、
静寂がまるで“支配者の空気”として張りつめていた。
黒色の重厚なテーブルの奥に座る――
キムラ・テルヒコ、KIMURA社・現会長。
白髪混じりの髪をサイドバックに撫でつけ、
70代とは思えぬほど冷えた目でホログラムを見下ろしていた。
対するはアオキ・シバハラ。
役員席にありながら、その目は野心の奥に乾いた光を宿している。
「……例のデータ、一式揃いました」
アオキは端末を静かに机上へ置いた。
テルヒコは頷きもしないまま、指先でホログラムを展開する。
映像が照らしたのは――
スラム街に潜伏する少女、ナギ。
「これが“スパシウム・ノード搭載者”か」
テルヒコの声は低く、揺らぎがない。
「はい。少女の両親が極秘に施した移植です。
そして……この情報網を構築できたのは――」
アオキが続けると、ホログラムの別窓で女性の姿が表示された。
アシマ。
柔らかな表情、落ち着いた動き、人間と見分けがつかないほどの自然さ。
だが、内部構造図が重なるとその本質が露わになる。
自律潜入アンドロイド ASHIMA-01。
――開発者:アオキ・シバハラ
テルヒコの眉がわずかに動いた。
「アシマをスラムに潜伏させ、少女と接触させた……ということか」
「はい。彼女は極めて自然に周囲に溶け込むよう設計しました。
少女の位置情報、生活データ……すべてこの端末に」
アオキは誇らしげに胸を張る。
そして、その横で――
残像めいた影がクツクツ笑っていた。
スペクトル・ロウ。
マンバンに束ねた黒髪。
両腕・両脚・顔の一部までもが戦闘用に機械化された“兵器人間”。
常にどこか浮いたテンションで、
視線に乗る熱が“獲物”を見つけた子供そのものだった。
「いやぁ~……アオキさんよ。
スラムにこんな宝物が転がってたとはねぇ?」
ロウは勝手にモニターへ顔を寄せ、ニヤつく。
「それに――アイツだ。ほら、これ見ろよ」
ロウは別の映像を表示する。
盲目の男。仕込み杖をつきながら歩く影。
イチ。
ロウの声が喜びで震える。
「生きてやがった……!
“ブラックアウト・リーパー”がよォ!」
テルヒコが初めてロウに視線を向ける。
「知り合いか?」
「知り合い? ハハッ、違う違う。
アイツは俺の“オモチャ”だよ、会長。
昔一度やり合ったが……いやぁ、アレは面白かった」
ロウは目を細め、頬を紅潮させるように言った。
「まさかスラムで迷子みたいに暮らしてるとはなぁ。
会いにいきてぇ……もっと遊んでやりてぇ……」
完全に“戦う前から楽しんでいる子供”だった。
アオキは鼻で笑う。
「……殺し屋が情を持つとは」
ロウは即座にアオキを指さす。
「違うっつってんだろ。
オモチャ見つけたら遊ぶのは当然だろ?
ましてアイツは伝説の殺し屋だぜ。最高だよ」
アオキはあからさまに舌打ちし、テルヒコへ向き直る。
「会長。データ提供の見返りとして――
私はKIMURA社内での“絶対的地位”を求めます」
テルヒコが静かに目を閉じた。
「……絶対的地位、か」
「はい。アシマ計画の成功、少女の発見。
すべて私が成し遂げた成果です。
それ相応の席をいただく権利がある」
ロウがケラケラ笑う。
「ハハッ! こいつ、まだ勘違いしてんのか?
てめぇはただの開発屋だろ。会長に背伸びすんなよ」
アオキはロウへ氷のような視線を向けた。
「黙っていろ、“道具”」
瞬間、ロウの目に血の色が宿った。
だが――動かなかった。
テルヒコが一言だけで止めた。
「ロウ!」
ロウは舌打ちしたが、すぐ笑みに戻る。
そしてテルヒコへ向かうアオキの期待の視線。
だが――
テルヒコの返答は冷え切っていた。
「アオキ、お前はよく働いた。
しかし――駒は、駒のままが最も使いやすい」
アオキの顔から色が消える。
「……今、なんと?」
「報酬は既に支払った。地位は不要だ」
ロウがクスクス笑う。
「アオキくぅん。“用済み”ってさ」
「黙れ、ロウッ!!」
アオキが怒声を放った瞬間――
世界から音が消えた。
ロウの姿が消えたと同時に――
ズシャッ!
アオキの胸を刀が貫いていた。
「がっ……は……」
ロウはアオキの耳元で囁く。
「会長のために働いたんだ、なぁ?
最後まで“良い駒”だったぜ」
刀を引き抜く。
アオキは机の上へ崩れ落ちた。
テルヒコは死体を一度見るだけで、興味を失った。
「ロウ。スラムへ行け。
少女を回収しろ。必ずだ」
ロウは楽しそうに息を弾ませる。
「了解了解ッ!
あー……イチに会えるのか。
楽しみで仕方ねぇ」
彼は踊るように部屋を出た。
扉が閉まり、
残されたのはテルヒコとアオキの死体だけ。
テルヒコは椅子に戻り、独り言のように呟いた。
「 “ブラックアウト・リーパー”……
“視えぬ者こそ厄介”とは、よく言ったものだ」
都市の夕陽が、静かにタワーを照らしていた。
その光は、これから起こる惨劇を祝福するかのように妖しく揺れていた。
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