第2話 アイドルの出待ち
長い間、劇場に勤務しているといろいろな事があります。
たまに怖い目にも遭います。
この時、劇場に出演していたのは、引退したばかりのアイドルでした。
引退後とはいえ、私でも知っているくらいの知名度のある女優さんでした。
そんな方が劇場にいらっしゃると……我々スタッフとしては頭が痛いのが『客出し』になります。
私の勤務している劇場は、駐車場が地下にあります。
当然、そのキャストの方も、マネージャーさんが車で送り迎えをするために地下の駐車場からエレベーターに乗って、建物の二階にある楽屋まで上がってくるのです。
では……そのキャストの方がステージを終えて帰られる時はどうなるか?
当然逆手順となりますので、エレベーターを降りて、地下駐車場の車に乗って帰られるわけですが……
この時にまあ、駐車場でお待ちになっているのです。ファン様が。
我々の仕事は、あくまでキャストが怪我なく無事に、円滑にステージをこなすお手伝いをすること。
すなわち、この、『出待ち』のお客さまに、地下駐車場から出ていただくことも業務の一つにございます。車が出せないので……。
『出待ち』の方々の熱量は、わかります。高いチケット量を払ったのだから、アイドルを一目、近くで見よう! その気持ちは、よくわかります。
しかしここは何度も言いますように『地下の』駐車場。人が大勢溜まっていると、劇場とは関係のない車が出たり、入ったりできないのでございます。
当時は若手だった私と、もう一人の若手が、男だからという理由で、地下にいるファンの方々に事情を説明して周り、なんとか、なんとか地下駐車場から地上に上がってもらいまして。
さてようやく、アイドルの方を、送迎車にお迎えできるぞ、という段になりました。
エレベーターに乗った女優さんが、二階から降りてきます。ステージ後です。疲れておりました。
そして、「お疲れ様でしたー」とマネージャーさんの車に乗りかけた瞬間、私は目の端に、見てはいけないものをみたのです。
あれは……『車の下』と表現すればいいのでしょうか? 何やら妖怪じみた動きをするものが見えるなあと思っていたら……
駐車中の車の下に隠れていたファンが、走ってこちらにやってきたのです。
「わあ!」と私は、もう一人の若いのとその方を取り押さえ、なんとか女優さんは車に乗り、去っていったのですが……
私は、ものすごく怖くて心臓が痛かったのと、もう一つ心に残った景色がありました。それは……
こんな状況でもあの女優さん、動揺してなかったんですよね。目の端で我々の取っ組み合いを淡々と眺め、何事もなかったかのように車を出したのでございます。
……こういう光景に慣れているのだろうか? いやいやそんな……。
芸能界の怖さを垣間見た、一瞬にございました。
次の更新予定
2025年12月10日 06:00
バックステージ 五景 SB亭moya @SBTmoya
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