第8話 内緒の話
レオンがミーシャを侍女にしてから数日。今日も今日とて、セレスとのデート資金作りのために、トランプ作りの
後ろではミーシャが床にモップを掛けている。今まで身の回りのことはレオン自身で行っていたのだが、彼女が来てくれたおかげで結果的に
また一枚、また一枚と小筆で線画に色付けをしていく。
そしてあと1枚でワンセット(53枚)が完成となったころ---
「ねぇ、皇子様。ひょっとして皇子様はセレス様が好きなノ?」
ミーシャがいかにも子供らしい
レオンの背が、鉄の棒で打たれたかのようにビクンと硬直した。
「・・・い、今なにか言ったかな?」
ギギギ、と振り返ったレオンが引きつった笑顔と震える声で問い返す。
「だから、皇子様はセレス様のことが---むぐぅっ!」
その動き、まさに疾風迅雷。レオンは竜巻のようにミーシャの後ろに回り込み、抱えるようにして口を抑えた。
「・・・・・・」
驚きで固まるミーシャを抱えたまま、じっと廊下の気配を探る。
「ふぅ・・・危ない、危ない。ゴメンね、ミーシャ」
レオンは周囲に人気のないことを確認したうえで、ようやくミーシャを解放した。
「それでその・・・どうして分かったの?」
レオンはミーシャの正面に回り込んで腰を落とす。そして、両肩に手を置き、その猫目石の瞳を覗き込みながら小声で問いかけた。
「んと・・・なんとなくそう思ったノ」
それがここ数日、レオンを観察していたミーシャが出した結論だった。普段のレオンは、とても優秀で、例えば歴史学の教授がーー
「いや、なるほど・・・レオンハルト殿下にご指摘いただいた点は、学者の間でも長らく論争があったのです。確かに古代アストラゼ皇国が最初からイシュトラム王国を裏切っていたと仮定すれば、すべての辻褄が合います・・・。これは大発見ですぞ!急いで帰って論文をまとねば・・・失礼いたします!」
と授業を途中で放り出して帰ったほどだし、高名な戦術家との兵棋演習ではーー
「レオンハルト殿下の軍は損害軽微、我が方は残存戦力なし。ううむ、私ごときでは、殿下にお教えできるようなことは何もないようです」
と、尻尾を巻いて帰っていった。その他の儀典や謁見、外国使節の接待などの公務も完璧にこなしている。
ところがそこにセレスが来ると、どうにも---張り切り過ぎて
「ミーシャは鋭いねぇ」
レオンは感心しながらそう言ったが、まったくそうではない。
普通の対人感覚があれば、初対面で気づくレベルで色々と漏れている。むしろ隠す気があるのか?とすら思うだろう。
しかしレオンは唇に人差し指を立て、真剣な眼差しでお願いする。
「いいかい、ミーシャ。僕は今、この恋を絶対に成就させるために、いろいろと策を巡らせてる最中なんだ。だから誰にも言っちゃだめだよ」
素直な獣人種の少女も神妙な表情でコクンと頷いた。
「うん、約束すル。ミーシャ、お墓まで持っていク」
「・・・ミーシャがお墓に入るまで時間がかかっちゃうと、それはそれで困っちゃうんだけどねぇ」
ミーシャのちょっと的の外れた返事に、レオンは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「それで皇子様。皇子様は、どうしてセレス様が好きになったノ?」
猫耳少女の目が爛々と輝いている。彼女も幼いとはいえ立派な女の子、
「えぇ~?聞きたいの~?どっしよっかな~?」
レオンの方も満更ではなかった。喋りたいらしく、口元のあたりがヒクついている。
実は彼自身、まったく、ちっとも、これっぽっちも進まないセレスとの仲に、もどかしさを感じており、少なからず“溜まって”いた。
そこに来てミーシャが、将来の恋人(予定)の自慢話を聞いてくれるという。渡りに船どころか、快速飛空艇だった。
(いいかい、絶対に秘密だからね。特別だよ---)
そうひどくもったいつけながらも、レオンは意気揚々と語り始めた。
========
貴族学校の校庭に轟く雷鳴。それは天からではなく、
「レオンハルト様が魔剣に取り込まれた!取り押さえろっ!」
叫びつつ剣闘科の教師が駆け寄る。
「俺に近寄るんじゃねぇ!」
次の瞬間、雷光の奔流に呑まれて宙へと舞い上がった。叫び声と共に数名の生徒も巻き込まれ、まとめて地面へと叩きつけられる。 辺りに肉の焦げた匂いが広がった。
「うざってぇな、道を開けろっ!」
魔剣・《
魔剣は、使い手の魔力に同調し、形態・長さ・重量・硬度までが変化し、才能を持った使い手であれば、
今まさにレオンがその状態であった。
また一人、勇敢な上級生が剣を掲げて飛び込む。
「止まれぇ!!」
しかし間合いに入る寸前、雷撃が爆ぜ、彼を吹き飛ばした。
========
「ウソ!皇子様って、暴走してそんなふうになっちゃうノ?」
ミーシャはとても信じられないと言わんばかりに首を振った。のほほんと笑っている普段の姿からは、とても想像がつかなった。
「いやぁ、貴族学校に入学したての頃は、皇太子としての重圧や周囲からの期待やらで、気持ちに余裕がなくてね」
レオンは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「誰も自分に心を開いてくれない。周りの人間は取り入ろうとするか、距離を置くかのどちらかだってそんなふうに思い込んじゃっててね・・・。もちろん今はそんな人ばかりじゃないってのは分かるんだけど」
「ふにゃぅ」
レオンの説明にミーシャが悲し気に眉尻を下げた。
「それよりここからだよ、我が愛しの姫騎士のご登場は---」
一方で、そう語るレオンの顔はいかにも楽しげだった。
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