帝国皇太子で最強の魔剣使いなのに、ちっとも無双できないんですけど?!~皇太子殿下は恋に焦がれる~

@jyuuban

第1話 貴族学校

「この程度で魔剣に取り込まれ、暴走するとは情けない・・・」


 そう言い放った女騎士は、鞘から長剣を抜きとると、皇太子レオンハルトに向かって突き付けた。


「それでも次代を担う皇太子ですか?レオンハルト殿下っ!」


 艶やかな黒色の長髪を後ろでしっかりと結わえ、 透き通った黒曜石の瞳から放たれる眼光には一点の揺らぎもない。


「奇麗ごと抜かしやがって・・・貴様もどうせ、魔剣よりおべっかを使うほうが上手いタイプだろうがッ!」


 皇太子レオンハルトが怒声とともに手にした魔剣・《二振りの雷霆ダブル・エクレール》を振るう。数条の雷が束になって、自分の意に逆らう女騎士へと殺到する。体にわずかでも触れれば、一瞬で消し炭と化すだろう。


「ハッ!」


 だが、小さな掛け声とともに女騎士は大きく横へとステップを踏み、雷撃を容易く躱してみせる。


「威力とスピードはそこそこですが、動きが直線的すぎます。まだまだ鍛錬が足りませんね」


 そして冷静に生徒への助言アドバイスを呟くと、もう一度長剣を構え直し、


「セレスティア・ベルモンド、いざ参る!」


 女騎士セレスティアはレオンハルトに向けて、真っ直ぐに駆け出した。


「フンッ、馬鹿がっ!」


 一直線に突っ込んでくるセレスティアに対し、レオンハルトが再び雷撃を放つ。

 だがセレスティアは少しも怯まない。今度は最小限の動きステップで雷撃を躱し、同時に神速の踏み込みで着実に距離を詰めていく。


「せいっ!」


 セレスティアが間合いに入ると同時に、長剣を振り下ろす。

 轟音と衝撃が校庭を揺らし、火花と雷光が散る。レオンハルトは双剣をクロスして、かろうじて受け止めていた。


「ぐぉぉぉ!!!」


 レオンハルトの咆哮が獣のように迸り、セレスティアの剣を押し返そうとする。

 だが、彼女は表情一つ変えず、刃越しにただ冷たくレオンハルトを見つめていた。


「ふむ。今の一撃を受け止められるとは、意外でした。ですが、それほどの力があるのであれば、自分の意志で暴走を抑え込むこともできるでしょう?」


 冷静に諭すような言葉に、レオンハルトの顔が朱に染まる。


「ちぃっ!」


 吐き捨てるように舌を打つと、大きく飛び下がりセレスティアとの距離を取ろとする。

 だがそれを許すセレスティアではない。下がった分だけ踏み込み、すかさず間合いを詰める。

 レオンハルトの操る双剣と、セレスティアの長剣が幾度もぶつかり合う。そのたびに轟音と衝撃が空気を揺らし、火花と雷光が爆(は)ぜた。


「 殿下!皇太子としての自覚を思い出しなさい!」

「うるさいっ!お前ら全員、俺なんか見ちゃいない。」


 レオンハルトが吠えるたびに、雷撃が光を増す。


「もううんざりだっ!本当の俺なんか誰も必要としていないっ!」


 激情に声が震え、目尻からは涙が零れる。


「そんなに皇太子が必要なら、人形に皇太子とでも書いて貼っておけ!」


 咆哮とともに放たれた最大級の雷撃が、奔流となってセレスティアを襲う。まともに食らえば、怪我どころでは済まない。

 だが彼女の顔には、微塵も揺らぎはなかった。


「応えよ、我が魔剣・《星砕きの聖剣アストラム・フォール》」


 正中に構え、魔剣に力を籠める。


「我が振るうは星墜の軌跡。全てを砕き、万物を呑み込め!“星喰む幻獣アストラル・ファージ ”ッ!!」


 魔力に満ちた刀身が、彗星のように煌めく。

 星が堕ちるかの如き一閃は、荒れ狂う雷条を正面から呑み込んでみせた。


かみなりを喰らっただと?バカなっ!」


 目の前のあり得ぬ光景にレオンハルトは慄然とする。

 セレスティアはそんな皇太子をゾクリとするほどの冷たい目で、レオンハルトを見下ろした。


「誰もあなたを見ていない?それが一体どうしたと言うのです?」


 そう吐き捨ててから、セレスティアは長剣を肩に担ぎ上げる。


「貴族とは正しいこと--」


 彼女はレオンハルトに向かって一歩、踏み出す。

 気圧された皇太子が、自分でも気づかぬまま、後ろへと退がる。


「常に正しくあろうとする精神こころこそが、貴族としての矜持、存在意義。皇太子とは、いずれその頂に立つお方なのです!」


 セレスティアがまた一歩を前へと踏み出す。


「だけどそんなの辛いだけじゃないか!」

「楽しんでしまえばいい。全てを楽しめるよう強くなってしまえばよいのです」

「そんな、そんなこと・・・」


 あまりなほどの強者の論理に、レオンハルトはただ虚ろに呟くことしかできなかった。


「もし納得できないのであれば、私が殿下のお側でその道を照らしましょう。命を懸けてその道に添いましょう」

「えっ--」


 セレスティアの言葉にレオンハルトは目を丸くした。顔が火照り、どうしようもないほどに高鳴る。

 気付けばセレスティアの整った顔が、目の前にあった。鋭い光を放つ瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。


「殿下・・・」


 彼女の吐く息が鼻にかかる。魂が縛られたようにレオンハルトは動けなくなった。


「ご無礼」


 そう言った彼女の手には、いつの間にか細い硝子瓶が握られていた。栓を指を弾き、瓶の中身を口に含む。


「んんっ--」


 瞬間、距離がゼロになった。

 押し付けられた唇のわずかな隙間から、液体が送り込まれる。

 柔らかな感触に脳を焼かれたレオンハルトは、なす術もなく、それを喉の奥へと落とした。

 ほぼ同時に目の前の景色に霞がかかり、意識が闇に飲まれて行く。


「セレ--」


 レオンハルトは膝から崩れ落ち、そのまま地面へと倒れ伏した--。






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