第2話 アレクサンダー大王の偉業(前)
まずはアレクサンダー大王の偉業を語ろう。
彼はギリシャのマケドニアで生まれ――というのは今更私が語るまでもないだろう。
彼の生い立ちは、そしてその偉大な足跡は、この地球でも多く記録が残されている。
大きく変わるのは、この地球において彼が死んだとされている時より先だ。
この地球との決定的な分岐。
アレクサンダーが夢と理想を追い求めた世界がどのようなものであったのか――。
これは、起き得なかったもう一つの歴史。
そして、起きたかもしれないもう一つの歴史の記録である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
バビロンに戻ったアレクサンダーは、そこで長きにわたる遠征の疲れを癒すため、兵を労い、自らもまたバビロンでの休息を行った。
だが、アレクサンダーは
確かにアレクサンダーは、驚くほど短時間でインドまで到達した。
彼が父ピリッポス二世からマケドニア王位を継いでからまだ十二年しか経ってない。
彼自身としては、まだまだ道半ばという認識ではあっても、他の人々からみればエジプトを制し、小アジア(アナトリア半島)、さらにペルシャを制した彼の功績は、一代で成しえるのは不可能とも思えるほどの偉業であり、彼についてきた部下たちがこれ以上の遠征を厭い、郷愁にかられたのも仕方ないこともまた、理解していた。
「だが予はまだ満足しておらん。誰もかれも、予についてこれないわけではなかろうが――今必要なのは休息か」
実際、アレクサンダーの部下には突出して優秀な者が多くいる。
アレクサンダー自身、その才に妬心を持つほどの者たちだ。
ただその彼らの誰もが、アレクサンダーを唯一の王として盛り立ててくれる。
そしてアレクサンダーは、彼らに『
だから、ここバビロンで安穏と暮らすつもりは、全くなかった。
アレクサンダーが最初にとりかかったのは、地域の統治体制の再編と、その安定を図ること。
そして彼は自らの支配を受け入れさせるために、支配地域の支配について、できる限りその地域の者を重用した。
その姿勢は、支配ではなく融和。
二千三百年も前の人物であるにもかかわらず、アレクサンダーの考えは現代に近いといえるほどに先進的だったといえるだろう。
むろんこれには、多くの反発もあった。
当時、支配地位に対して勝者がその地域の事情など考えず、略奪し、支配し、制度を書き換えるなど当たり前のことだったのだ。
だが彼はそれをしなかった。
それゆえに、マケドニアから連れてきた者たちとの軋轢もあった。
「そうだな。我らは勝利者だ。だが、略奪者ではなく、破壊者でもない。我らが目指すものはなんだ。そして、それを成すのに最も良い方法はなんだ?」
アレクサンダーのその問いかけに、すぐ答えを返せる者はほとんどいなかった。
「予はマケドニアを知っている。小アジアも近いからまだいいだろう。だが、ペルシャのことはよく知らん。知らぬのにどうやって治めるのかといえば――その地に住む者の知恵を借りるしかなかろう?」
ある意味では、アレクサンダーはひたすらに現実主義者でもあったのだろう。
果てなき夢想と現実の両方を追い求める、稀なるカリスマ。
それがアレクサンダーの本質といえるかもしれない。
アレクサンダーは本当に粘り強く、自らの大帝国の支配の安定に腐心した。
時には自ら各地に赴き、自らの声と言葉で現地の者たちを説得したという。
その過程で、彼は支配地域の言葉を操れるようになったらしい。
そして二年後、アレクサンダーは再びインド遠征に旅立った。
今度は、マケドニアから連れた兵は前回の半分程度で、それ以外はペルシャ、あるいはエジプトからアレクサンダーに率いられることを希望した兵が主だったという。
その彼の前に立ちふさがったのが、マウリヤ朝。
かのチャンドラグプタ王がマダカ国を支配するナンダ朝を打倒し、打ち立てたばかりの新たな王朝だった。
その初代ラージャになったばかりのチャンドラグプタ王は、当時まだ二十歳になったばかりの若き王であり、三十四歳のアレクサンダーと、現在のデリー近郊で激突する。
マケドニア軍は十二万。対するチャンドラグプタの軍は六万。
数で圧倒していたアレクサンダーは、チャンドラグプタに対して降伏を勧告するが、チャンドラグプタ王はこれを受け入れなかった。
そしてその年の二月、両軍はついに激突する。
その結果は――語るまでもないほどに、マケドニア軍の圧勝だった。
チャンドラグプタ王は捕らえられ、アレクサンダーの前に引き出される。
縄を打たれたチャンドラグプタ王は、アレクサンダーを前に、だが怖れることもなく堂々と進み出た。
「西方の王よ。此度は我らが敗れた。それは認めよう。だが、我が死すとも、インドは決して屈さぬ。いつか必ず汝らを破り、このインドをすべて制してみせよう」
アレクサンダーはそれに対して、チャンドラグプタ王を殺すどころか、感心して無傷で解放したという。
これにはチャンドラグプタ王の方が困惑した。
「俺を開放すれば、俺は幾度でもお前たちの前に立ちふさがる。勝ち続けられると思うな」
だが、アレクサンダーは鷹揚に頷き、そしてその挑発を笑い飛ばした。
「いいだろう。ならば予は幾度でも汝らを破る。敵わぬと知れば、我らに従うことも考えられるのだろう?」
解放されたチャンドラグプタ王はその後、幾度となくアレクサンダーに挑み、その都度敗北することになる。それほどに、マケドニア軍は強かった。
結局都合五度の敗北――捕縛されたのは最初の一度だけではあるが、王は一度として追撃をせず、そしてチャンドラグプタ王を殺そうとしなかった――の後、マウリヤ朝の都であるパータリプトラにマケドニア軍が押し寄せた。
そして街の人々がこれから起きる戦いとそのあとに来るであろう蹂躙を恐れる中、アレクサンダーが軍列の先頭に立ち、大声で呼びかけたのである。
「チャンドラグプタ王よ。我らはこの地まで至った。だが我は、この素晴らしい街を破壊することを望まない。かなうなら、この素晴らしい街それ自体を手に入れたい。我らは略奪者ではなく、破壊者でもない。王よ。我らはこの地に我らの
この呼びかけに混乱したのは、むしろ攻撃されているマウリヤ朝の方だったとされる。
結局この後、戦端は開かれず、チャンドラグプタ王はアレクサンダーの前に膝を屈した。
ただその後、アレクサンダーはこの地を治めるのを、そのままチャンドラグプタ王に任せている。
これにはさすがにマケドニアの廷臣らも反対したが、アレクサンダーはインドすら通り道としか思っていなかったとされる。
そして、そのあまりの度量の差に、チャンドラグプタ王は未来永劫、アレクサンダーと共にあることを誓ったとされるが、これに関しては明確な資料がない。
ただこの後、アレクサンダーはインドよりさらに東に至ろうとして、その先で足を止めた。
「いかに予といえど、大いなる
東南アジアの熱帯雨林は、アレクサンダーをしてあきらめざるを得ないものだったのだ。
ただ、アレクサンダーが尋常ではないのは、これでもなお東への渇望をあきらめなかったことである。
アレクサンダーはその後、インドに一年滞在し、そのあとに結局またバビロン戻っている。
ただその間に、インドの支配は非常に強固なものとなり、一方でチャンドラグプタ王はインド全域の支配を推し進めたとされる。
この後、インドはそのままチャンドラグプタ王の縁者にその領王の地位が継がれ、空前の発展を遂げることになるのだが、それはまたのちの話である。
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