雨水

 どんよりと薄暗い空。辺りは日の光が届かず身を切るような寒さだ。暖かくなってきたとは言っても日が遮られるとこんなにも寒い。いや、寒いのはたぶん雪が降るからか。辺りの雪はほぼ溶け切って雪解け水が溜まり、傾斜部分ではちょろちょろと小さな川となってそこら中に水が流れている。それをそっと触れば、当然のことながら。


「つめた!」


 当たり前だけど、やってみたくなる。でも、こんなことでさえ嬉しいんだ。季節が変わって来たんだなって思う。ああ、そうだ。そうなるともう雪じゃない。

ぽつん、と雫が落ちてくる。雨だ。


「やっぱり。もう雪じゃないんだな」


 パタパタと音を立てて雨が降る。大雨にはならなさそうなので、大きな木の下で雨宿りをした。雨が降って来たのでまた少し寒くなるかな、など。寒さを楽しむ余裕がある。


『ここからずっと北に行ったところにね、それはそれは大きな滝があるんだ。とても立派なんだけど、冬はすべての水が凍るんだよ』


 雨を見ていたらあの人との、そんな会話を思い出した。滝が凍るなんて聞いたことがない。あの落ちてくる水がすべて氷になってしまうのかと、目を丸くしていた。


『水は上から下まですべて繋がって大きな氷の柱のようになる。それが、少しずつ溶け始めたらいよいよ春の訪れた。水は山を、命を潤す。我々が生きていられるのは水があるからなんだよ』


 溶けて流れる雪解け水。それをそっと触る。やっぱり冷たいな。掬えないので直接ぺろっと水を舐めた。よく「水は美味しい」って言うけど、冷たすぎてわからない。舌がピリピリするようだ。ごくごくと飲めるのは、まだ当分先だな。

 霜柱も立たなくなってきた。溜水にはまだ氷が張るけれど、日が当たるとあっという間に溶けるようになってきた。凍っていたものが動き出す。


「そうだ、この山でも滝を探してみよう。次の冬に凍っていたら、僕もその景色を見ることができる」


 あなたが見た凍った滝。同じ物を見ることはできないけれど、春の訪れを感じられるのなら見てみたい。でも滝を探すなら水音がないとわからない、やっぱり探すなら春かな。

 木の下から出てしまうと濡れてしまう。この雨に濡れたらさすがに寒い。でも、遠くの方が明るくなってきているから通り雨だ。そっと目を閉じて雨の音を聞く。うるさすぎない、心地よい雨音が辺りに響いている。


命の源が降る音を、僕は静かに聞いていた。



雨水

陽気がよくなり、雪や氷が溶けて水になり、雪が雨に変わる

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