骨砕き

aqri

骨を砕く者たち

 目の前に広がった骨を、私はハンマーで砕く。頭、肋骨、胸、腰、腕、足……すべての骨をガンガン叩いていくとやがて破片となり、粒となり、粉となる。

 人間の骨を砕くなんて、なんて酷いことを。何百回聞いてきたか。でもこれが私の仕事、役割。


「ほら、さっさと次の骨を砕きな。たまってんだから」


 あの人が私の前に布でくるんだ大量の骨を置いた。中身は、大人二人と子供一人。頭蓋骨が残っているから人数と年齢がだいたいわかる。


「親子?」

「さあね」


 私はそれを砕いていく。誰も供養しなくなった数百年前の古い骨たち。誰の墓なのかさえわからない、放置され朽ちたもの。それを掘り起こし骨を捨てて、墓石も捨ててまっさらにしたら新たな墓地となる。

 今や墓地はどこも満杯だ、戦争が終わらず死者が多い。土地が足りないのだ。だからこうやって、大昔の骨を片付けていく。誰もやりたがらないこの仕事は常に非難される。悪の所業、非人道的、神や死者への冒涜。

 しかしその作業がなければ、死者をどこかに捨てなければいけない。嫌な事は文句をつけるが、甘い汁はすすりたい奴らは多い。私から言わせれば、誹謗中傷が鳥の鳴き声にも劣るくらいあほくさい。だいたいこう言ってくる奴がいたらまず私が言う。


「じゃあ、やめる」


 そうすると半分が黙る。しかしまだ墓が必要ない若い世代はやめちまえと言ってくる。そうすると、あの人と私はその日のうちに旅に出る。そうしてふらふら、いろいろな墓地を巡る。私たちがいなくなった後はどうなったか、知った事ではない。


 私は親に銅貨二枚で売られた。食べ物もないし、学がない両親は働きに出ることもできない。生ごみをあさって生活してきた。


「お前はパンとスープ以下の価値ってこった。せいぜい働きな」


 老婆と呼ぶには少し若い女はケラケラ笑いながら私をこき使った。でも私にとっては極上の生活だ、野宿だって今までのゴミ溜め生活に比べればはるかに良い。


「ねえ、どうしてこれを仕事にしているの」

「誰もやりたがらないからだよ。みんながやる仕事なんて、優秀な奴がとっていくに決まってらぁ。競争して勝てるかね?」

「無理」


「人間は皆平等だ、なんて詭弁だね。生まれた家が金持ちか貧乏かですでに勉学の差がついてる。貧乏人が頑張って一人前になる頃にゃ、金持ちは手の届かないはるか高みだよ。平等なのは時間だ、貧乏人が頑張る時間と金持ちが頑張る時間は同じ。始めるのが早いか遅いかだよ。金持ちは何もかもすべてが始めるのが早いんだよ。勝てるわけない」


 ははは、と馬鹿にしたように笑う。そう言う割に、この人はすべてにおいて優秀だ。ピーチクパーチクやかましい住民相手に、口論で負けたことがない。じゃあ出ていくわ、といったらだいたい小一時間で本当に出ていく。いやちょっと待て、と止めてくる奴らをぶん殴って黙らせたこともある。けっこうな年のはずなのに。

 算数もできる、計算を数秒で終わらせる。墓地の大きさをあそこからあそこまで、と指さしの範囲で教えられると正確に数値で面積を出してくる。望めば学者になれそうなのに、やるのは骨砕き。


「アタシも年だからね、ハンマーふるうのが億劫なんだよ。交渉はアタシがやるから、骨はお前が砕きな」


 そう言って私は彼女に引き取られてからずっと骨を砕いている。人の形をしたものを、ただの粉にしていく。


「欠片の大きさに残すんじゃないよ、必ず粉にしな」


 最後は石臼で潰して、さらさらの粉にして終わる。その粉を集めて、あの人はどこかに持っていく。私はついてこい、と言われたこともないから次の仕事をしている。骨を砕いて、潰して、粉にして。箒と塵取りで残さず回収して、壺の中に入れていく。一人ひとり別々になんてしない、壺がいっぱいになるまで数人分ごちゃまぜ。



 ある日ちょっとした騒動が起きた。若い男の墓が掘り起こされて骨がなくなり、お前らが持って行ったんだろうというのだ。若い妻は泣きながら非難してくる。子供は幼い、何が起きているのかわかっていないらしくきょとんとしている。


「返して、あの人を返して!」

「もう死んでるだろうが。返せもクソもあるか」

「何てこというの!? 非人道的な行いをしている分際でよくも!」

「そう言うけどねえ。あんた、墓参りのたびにちゃんと掘り起こして骨に会ったのかい? 墓石に向かって話しかけて花供えてただけだろ。よく言うよ」

「!! こ、この……!  大切な人がいないから、そんなこと言えるのよ! この悪魔!」

「はあ、うるっさい小娘だねえ。そんなに会いたいならほれ、そこからもっていきな」

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