この作品の細部まで作りこまれた設定や細やかな描写など、その魅力は一読いただければわかると思いますので、あえて触れません。私は別の視点からこの作品のすばらしさを語ってみたいと思います。
ファンタジーというのは、架空の世界の架空の人物たちの生きる「もう一つの世界」を創り上げるわけで、そのためには気が遠くなるほどの作業が必要になると思います。
架空の世界の端々まで見渡すには、細かな視点から長大な射程の視点までを持たねばならないでしょうし、その歴史からなにから膨大な設定を考えなければならないわけですから、創作のためには時間も労力もかかるでしょう。
その「もう一つの世界」を創り上げる苦労から逃げずに、正面から向き合おうという作者の姿勢が、この作品の面白さを生み出しているのだと思います。
地味(失礼!)なストーリー、登場人物たち。世界の命運をかけた大冒険や、劇的な事件が起こるわけではない。でもそれは、面白くないということでは決してありません。
波乱万丈のストーリー、派手な展開で読ませる小説というのは多くあると思いますが、そういった「ストーリー」に頼らない面白さで読ませる小説というものには、そうそうお目にかかれません。
よく使われる「一気に読んだ!」というほめ言葉がありますが、私はこの作品に対しては「一気に読めない!」というほめ言葉を使いたいと思います。
一気に読めないというのは、文字数が多いとか展開が遅いとかそういう意味ではありません。
この作品を読んでいると、いろいろな想い、感情が浮かんできたり、思い出すことがあったりして、その感じたり思い出したりすることは、そこに書かれていることとは違うことも含んでいたりする。架空の世界の話でありながら、読み手の現実世界の視野を広げてくれる。
読んでいる最中にいろいろなことが思い浮かんでしまって、つっかえつっかえしながらしか読めない。この作品は「一気には読めない」傑作なんです。
小説の面白さとは「一気に読める」ストーリーにある、と思っている人にぜひ読んでいただきたい作品です。面白いストーリーではなくて面白い小説を読みたいという人にも、もちろんおすすめです。