タワマンダンジョン・サバイバル
野生のイエネコ
第1話
「はぁ、なんでタワマンってこんなに入り組んでるんだよ……」
苦学生として隙間時間に出前のバイトを始めてからはや数ヶ月。都内にある巨大タワマンに配達した事だって何度もあるが、それでも未だに迷子になることがある。特にこの都の森ヒルズは50階建てのタワマンに複合ショッピングモールと高級ホテルが併設された巨大施設なため、非常に迷いやすい。今もまた、1階から20階までの専用エレベーターを探して彷徨っているところだ。
「はぁ、あったあった。えーっと、1707号室か。ちょっと冷めちゃったなぁ。チップ貰えるかなぁ」
ここのバイトは配達後にチップがもらえる制度があるため、冷める前にすぐ届けれられればタワマン住みのお金持ちはチップをくれることが時々ある。
今回もそれを期待してこの配達を引き受けたのに、道に迷ったせいでとんかつ定食はすでに冷めていた。
ピンポーン。
呼び鈴を鳴らして置き配にしてさっさと帰ろうとしたところで、突然、地面が揺れた。
「うわっ、ちょ、えっ!?」
あまりにも大きい揺れに立っていられずしゃがみ込む。揺れが収まると、電気系統でもおかしくなったのか、廊下はやけに暗かった。
ガチャ。
「わ、配達員さん、大丈夫ですか?」
先ほど チャイムを鳴らした1707号室の住人が玄関から出てきた。
その姿はまるで精巧な人形のような美少女で、俺は思わず見惚れる。
「配達員さん?」
「あ、いや、すみません。すごい揺れでしたね。怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です。結構な地震でしたけど、外に避難した方が良いですかね……きゃっ!?」
そうやって話し合っていたその時、突然廊下の陰から石礫が飛んできた。一体何事だと振り返ると、そこには膝下ぐらいの大きさの石でできたゴーレムのようなものが居た。
誰かが悪ふざけで使ったおもちゃだろうか。それにしたって女の子に向かって石をぶつけようとするなんて悪質だ。そう思っていると、廊下の先がぼうっと光り、何もなかったはずの場所から新しくまた石のゴーレムが現れる。
「な、なんだ!? 何なんだよこいつ! うわぁっ!?」
さらに石が飛んできて、咄嗟に飛び退く。
「配達員さん、こっち!」
困惑していると1707号室の女の子が俺の腕を掴んで部屋の中へ招き入れた。
大急ぎで玄関のドアを閉めて、鍵を掛ける。
「新手のテロか何かか!? 何なんだあのファンタジー現象!」
「もしかして、本当にファンタジーの中に取り込まれちゃったのかもしれません。配達員さん、あれ……」
女の子が指差した方を見ると、そこにはスライム……明らかにスライムとしか言いようのない半透明のブヨブヨした何かがあった。
「勘弁してくれよ……」
そう呟きつつ、徐々にこちらへ這いずってくるスライムに本能的な危機感に駆られ、玄関に置いてあった傘を叩きつける。グシャ、と嫌な手応えを残してスライムは四散した。
『レベルアップしました。スキルの習得が可能です。スキルを習得しますか?
はい
いいえ』
「な、何だこの画面!?」
突然目の前に文字が浮かび上がる。動揺して声を上げると、訝しげに女の子が首を傾げた。
「配達員さん? どうしたんですか? って、また変な化け物っ!?」
今度は女の子がスライムに傘を叩きつけると、女の子は驚いた表情で自分の目の前に手を翳した。
「これ……。配達員さんももしかして目の前に変な画面みたいなの見えてます?」
「あ、あぁ。悪い夢だと思いたいが、どうやら俺たち、本当にファンタジーな異常現象に巻き込まれたみたいっすね」
「そうみたいですね。……あの、図々しいお願いで申し訳ないですけど、しばらく行動を共にしてはくれませんか? この状況で1人になるの、怖くて」
俯きがちに女の子が言う。情けないけど、正直怖いのは俺だって一緒だ。でも、怯えている女の子を前にそんなそぶりを見せて不安がらせる趣味もない。
努めて明るく俺は返事をした。
「ああ、もちろん! 俺は羽場(はば) ハジメ。19歳の大学生だ。こんな状況だけど、よろしく」
「私は桐生 梨々香(きりゅう りりか)です、17歳の高校生です。よろしくお願いします」
桐生さんはにこ、と笑って自己紹介してくれた。
お互いに一息つきたいところだけれど、何もないところから突然化け物が現れる状況ではそう悠長にもしていられない。
「まずはこのスキル? ってやつを試してみるか」
ウィンドウには
『打撃
刺突
投擲』
の3つが表示されている。
どうやら、桐生さんにも同じ内容が出ているようだ。
「えっと、この中の一個から選べるみたいだけど役割を分けないか? もしよければ俺が近接を担当するから、桐生さんは投擲を選んだら比較的安全に戦えるんじゃないかと」
最近は忙しくて出来ていないが、昔プレイしていたゲームの知識を引っ張りだしてそう提案する。
「えっと、私は古武道で剣術を習っていたのでせっかくなら刺突を取ろうかと。うちには父の趣味で日本刀が置いてあるので結構いい武器になるんじゃないかと思うんです」
「いいのか? 俺、女の子を前で戦わせるのはちょっと申し訳ないんだけど」
「ここは戦力の最大化を目的にして決めましょう。さっき出てきたのは弱いスライムですけど、こういうのって大抵どんどん強いモンスターが出てくるじゃないですか」
あれ? もしかして桐生さんって結構ゲームとかアニメとかイケる口?
……っていうのは置いといて。なんだかゲームみたいな状況で現実感がなかったけど、さっき飛んできた石の礫は結構な勢いだったし、当たってたらタダでは済まなかっただろう。命が懸かってる状況なんだ、これは。常に真剣に選択をしなければ、足元を掬われかねない。
「そっか、なら俺が投擲を取得して支援するよ。ゲームじゃないからフレンドリーファイアに気をつけないとな。パーティー機能でもあれば良いんだが」
——ズ……ザザ……。パーティー機能の新規搭載申請を受け付けました。
「えっ?」
突然頭の中に声が響く。誰の声かと周囲を見渡すが、桐生さん以外には誰もいない。
「どうしたんですか? 羽場さん」
『パーティー申請を行いますか?
はい
いいえ』
ウィンドウの内容が切り替わり、新たな選択肢が現れる。どうやらパーティーを組めるようになったらしい。
「何か今変な声が聞こえて……。どうやらパーティーが組めるようになったらしい」
組めるなら組まない理由もないだろうとウィンドウを操作してパーティー申請を行う。
「あっ、パーティー申請が飛んできました。受諾しますね」
桐生さんが受諾をしたらしく、俺たち2人の体がぼうっと光る。どうやらパーティーを組めたみたいだ。ただ、このパーティー機能が一体どのような機能を持つかまでの説明はなかった。フレンドリーファイアにはやはり気をつける必要があるだろう。
特にこれはゲームではなく、取り返しのつかない現実なのだから。
パーティー申請画面からスキル選択画面に戻り、投擲スキルを取得すると、また画面が切り替わった。
『羽場 ハジメ Lv.2
スキル:投擲
スキルポイント:0pt
特殊アイテム:ダンジョンコアの欠片』
ん? 何だこの特殊アイテムって。
「どうかしたんですか?」
「いや、ウィンドウに特殊アイテムって表示されてて。桐生さんはある?」
「いえ、表示されているのは名前とレベル、あとはスキルとスキルポイントだけですね」
一体何なんだろうか、このダンジョンコアの欠片っていうのは。そんなもの拾った覚えはないが。
「まあ、情報が無い以上考えても仕方ないか」
「そうですね。それじゃあ、リビングに武器の日本刀を取りに行きましょう。それに投擲武器になりそうなものや食糧も集めた方が良さそうです」
「ああ」
桐生さんは手に傘を、俺は玄関に飾ってあった焼き物を武器代わりに構えて慎重に廊下を進んだ。
幸いにも化け物は出てこず無事にリビングに到達すると、刃紋の美しい日本刀が飾られていた。日本刀に詳しくない俺が見ても見惚れそうになるほどだ。
「よかった、これがあればそれなりの戦力にはなりそうです」
桐生さんがスッと日本刀を手に取って鞘に収める。その姿は様になっていた。
武器らしい武器を手にして少し安堵した俺たちは、その後食料や包丁などの武器になりそうなもの、それに投擲に使えそうな瓶などを集めた。
幸いにも俺が配達員用のリュックを持っていたため、その中に食糧を詰め込む。鞘つきの果物ナイフはサブウエポンとして桐生さんへ。そのほかの刃物類は投擲用に俺が貰い受け、リュックのサイドポケットの中に入れておく。
「さて、これからどうしようか」
「私はまず外に向かいたいんですけど、羽場さんはどうですか?」
「うん、俺も同意。まずは外の状況がどうなっているか確かめたいし、もし救助が来ていれば助けを求めたいよな」
こんな異常事態に国が対応してくれるかはわからないが、少なくともこの状況下ではプロの部隊がもしいるなら助けを求めたいところだ。
2人の意見が一致したところで、外に出るためまずは一階を目指すことになった。
玄関を出ると、さっきの石のゴーレムが三体に増えていた。咄嗟にドアをまた閉めて部屋に閉じ籠る。
「最悪だ。三体もいるなんて……」
「増えてるなんて運が悪いですね。それじゃあ、ドアを開けて投擲して閉めて、を繰り返しながら攻撃するっていう作戦はどうですか? それで近づいてきたら私が出撃します」
「いいね、それなら落ち着いて戦えそうだ」
ただの苦学生に過ぎない俺は、体力には自信があるものの戦闘経験なんて当然ない。さっきのスライムはまだしも、石礫を投げつけてくるゴーレム相手に落ち着いて戦う自信はなかったから、ドアを挟んでの戦いは良い作戦だと思えた。
「よ、っと!」
一瞬だけドアを開けて重たいガラスの瓶を投げつける。投擲スキルの恩恵か、瓶はゴーレムに命中した。
バキン!
ゴーレムの頭部を欠けさせるものの、倒すには至らない。そうこうしている内にもう一体のゴーレムが石礫を飛ばしてきたのでドアを閉めて防御する。
足元に置いておいた投擲用の武器(電気ケトル)を持ち上げ、もう一度ドアを開けて投げつける。
『レベルアップしました LV.3
スキルポイント:1pt
取得可能スキル;打撃、刺突』
幸いにも二度目の投擲もゴーレムへ直撃し、頭部が破壊される。
二度の投擲によってどうやら一体を倒すことが出来たみたいだ。
「あれ? 私何もしていないのにレベルアップしました」
「そうか、パーティーを組んでいると経験値の分配が出来るみたいだ! これは助かるな」
もし回復や支援系のスキルをメインにする人がパーティーに居たとしても、レベル差が開かないで済むということだ。
ただ、未だ新しいスキルは解放されていないようで、スキルポイントは得られたもののさっきと同じものしか表示されない。レベルが上がる毎にスキルポイントを得られるのであれば、試しにスキルポイントを貯めてみるのもアリか。
「俺はスキルポイントを貯めてみるよ」
「わかりました。私は打撃を取得します。石のゴーレムが近づいてきたので、近接で戦ってみます」
「OK。支援する」
ある種の非常事態であるためか、やりとりがツーカーで戦闘の意思疎通はスムーズだ。桐生さんはまだ高校生なのに肝が据わっていて、パニックを起こすことなくむしろ率先して効率的に動いてくれている。見た目はお金持ちのお嬢様って感じなのにな。
この状況で最初にこの子と出会えたのは、本当に運が良かったかもしれない。
桐生さんは玄関の外に飛び出すと、鮮やかな身のこなしで石のゴーレムに接近した。
ギラリと白刃が鞘走り、ゴーレムに叩きつけられる。俺はもう一体のゴーレムに向けて投擲を行ったが倒し切ることは出来ず、もう一体は桐生さんに石礫を放った。
「桐生さん!」
飛んできた石礫を、桐生さんは片手で鞘を振って打ち砕いた。打撃のスキルを使ったのか、桐生さんの体が淡く光る。
そのまま砕け散った石礫には目もくれずもう一体のゴーレムへ接近すると、刺突でゴーレムを破壊した。
つよぉ!?
うん、この子と味方として最初に出会えて本当にヨカッタナー。
いやあ、強すぎでしょ。俺がやっていたことなんてポコポコポコポコものを投げていただけなのに、殆ど支援も必要とせず1人で二体のゴーレムを倒してしまった。
そのおかげもあってまたレベルが一つ上がった。
『レベルアップしました Lv.4
新たなスキルが解放されました
スキルポイント:2pt
取得可能スキル:
1pt消費:打撃、刺突
2pt消費:強投擲、斬撃』
新たに2pt消費で強投擲と斬撃が加わった。遠距離攻撃を強化するなら強投擲でもいいが、できれば戦闘スキルよりも回復スキルが欲しい。この命の危険と隣り合わせな状況下で、怪我をしても治すアテがないのは不安が大きかった。
——回復(弱)はスキルポイント5ptで取得可能です。新たに回復(極弱)をスキル錬成しますか? 必要スキルポイントは2ptです
「えっ?」
また頭の中に声が響いた。まるで俺の心の中を読んでいるかのような内容に不気味さを感じる。
訳のわからない状況で何者かに監視されているような声は空恐ろしくはあるが、極弱とはいえ今のスキルポイントで回復スキルを取得できるなら是非もない。俺は回復スキルの錬成を申請した。
「どうかしたんですか?」
「ああ、また頭の中に声が響いたんだ。新しく回復スキルを錬成できるらしいから、取得するよ。……あのさ、ちょっとその果物ナイフ、貸してもらっていい?」
「はい、どうぞ」
回復スキル(極弱)を取得した俺は、その効力を事前に確かめておくことにしt。
スキルを当てして土壇場でそんなに効力がないことが発覚したら目も当てられないからな。腕に果物ナイフを押し当てた俺を見て桐生さんが目を見開いて驚いているが、止められる前に腕を切る。ええい、男は度胸!
腕に細く赤い線が走った。思ったより痛くはない。
「回復(極弱)!」
投擲などと違い、スキル発動の方法がわからなかったため、とりあえず傷に手を翳してスキル名を叫ぶ。
すると、ゆっくりとではあるが赤い線が薄くなっていき、最終的には跡形もなく消えた。
「もう、なに無茶をしてるんですか羽場さん!」
「いや、やっぱいざという時のために効果を知っておきたくてさ。まあ1分くらいで傷が治るのはすごいといえばすごいけど、やっぱり弱いなこのスキルだと」
「もう、それにしたってやりすぎですよ」
「わかってるよ。でも俺はどうしても外へ、家へ帰りたい理由があって」
よく知りもしない人に話す内容じゃない。でも俺は気づいたら語り出していた。この異常な状況で心のタガが緩んだのかもしれない。或いは、ずっと誰かに聞いて欲しかったことだからかもしれない。
「俺の母さんが入院しているんだ。家族は母さんと俺の2人だけで……、もうすぐ手術なんだ。手術が終わった後、もし病気が再発すれば今度は高価な薬物治療をすることになる。今まで必死でバイトして稼いで金貯めてさ。女手一つで俺を大学まで送り出してくれた母なんだ。だから、絶対に家に帰りたい」
「羽場さん……。私、協力します! 絶対に羽場さんがここから出られるように。だから一緒に戦いましょう」
桐生さんにとったら関係のない他人の事のはずなのに、彼女は目を潤ませて話を聞いてくれた。クールに見えるけど、情に厚い子なんだな。
それから俺たちは、意を決して玄関から外へ出た。
どこからどんなモンスターが湧いてくるかわからない以上、エレベーターという密室の中に入るのは危険だったため、エレベーターホールの脇にある非常階段で降りていくことにした。
その後もスライムや石のゴーレムと複数回接敵し、俺達はLv10になった。スキルポイントは上級スキルの方が強力そうだったので貯めている。
レベルが上がったことで、スキルだけじゃなく素の身体能力も向上していた。膂力も上がり、今までよりもはるかに早く走ることができる。少しは雑談をする余裕も出てきていた。
そうやってそれなりに騒がしく戦いながら17階フロアを探索するが、他の住人の気配は無かった。試しに他の人の家のチャイムを鳴らしてみるものの、誰も出てこない。
そして誰も見つからない中エレベーターホールへたどり着いた俺たちは、人間大の石のゴーレムと遭遇するのだった。
「な!?」
人型ゴーレムがこちらを認識した瞬間、凄まじい勢いで石の礫が飛んでくる。それを転がりながらかろうじて避ける。
後方へ逃げるようにバックステップで退避すると、人型ゴーレムはこちらへ追いかけてくることはなかった。
「何なんだよ、あれ」
「追ってはこないみたいですけど、随分と強そうですね」
「まずいな、階段前に陣取ってるってことはあいつを倒さないとこのフロアから脱出できないぞ」
非常階段はエレベーターホールの脇にある。
このフロアから退避しようと思えば、あの人型ゴーレムを倒す以外になかった。
「あそこから追ってくる気配がないなら、他のモンスターを倒してレベルアップしてから挑戦しますか?」
「そうだな、その方が安全に倒せそうだ」
しかし、いくら探してももう新しいモンスターが出てくることはなかった。
レベル10になったからモンスターが出現しなくなったのか、それともあの人型ゴーレムと接敵した結果他のモンスターが出現しなくなったのか。
いずれにしても、レベルアップして安全に倒すという作戦は使えそうにもなかった。
今俺にあるスキルポイントは6ptだ。
『取得可能スキル
スキルポイント2pt:斬撃、強投擲
スキルポイント3pt:回避の心得、射出(石の弾丸)
スキルポイント4pt:射出(鉄の弾丸)
スキルポイント5pt:回復(弱)、射出(鋼の弾丸)
スキルポイント6pt:高速射出(補助スキル)』
今取得しているスキルは投擲と回復(極弱)のみである。
この中からなにを選ぶか、だが……。順当に考えれば鋼の弾丸だ。今まで投擲スキルがあっても投げる物は瓶とか包丁とかだったが、もし弾丸を射出できるのであれば弾数とその質の問題はクリアできる。おそらくゴーレムが手のひらから石礫を射出しているのと同じようなスキルなのではないだろうか。そしてあの人型ゴーレムに通用しそうなものはこのスキルぐらいしかない。
ただ、桐生さんのスキルとの兼ね合いもある。何より回復(弱)も捨てがたい。これまでのレベル上げで回復(極弱)を使用する場面も何度かあった。幸いスキルは極弱でも何とかなるレベルの怪我しかなかったが、あの人型ゴーレム相手でも何とかなるとは思えない。何かあったときに回復の手段がしっかりしているかどうかは大きいのだ。
「桐生さんのスキルは今どうなってる?」
「私が取得しているのは、刺突・打撃・斬撃、で残りスキルポイントは5ptです。スキルポイント2pt以降で今取得可能なのは……」
『スキルポイント2pt:回復(極弱)、強打撃、強斬撃
スキルポイント3pt:回避の心得、火の刃、水の刃、風の刃、鉄の刃
スキルポイント5pt:炎の刃、氷の刃、雷の刃、鋼の刃』
「こんな感じですね。私は鋼の刃を取得しようかなと思っています、炎や氷や雷が石に効くかどうかはわかりませんし。一応この刀も鋼ではありますが、これが折れれば確実に負けるので刀を強化できる可能性があるならそこに賭けようかと」
「確かにそうだな、一番石に通用しそうなのはそれかもしれない。よし、俺は戦闘の行方を見ながらどのスキルを取得するか決めるよ。もし決定打にかけるようなら鋼の弾丸を取得するし、回復が追いつかなければ回復(弱)の方を取得することにする」
「生き延びましょう。お互い」
「ああ」
グータッチで互いに励まし合う。短い期間ではあるが命をかけた戦いを共に切り抜けてきたのだ。俺達の間には確かな絆が芽生えていた。そう、お互いにお互いを失い難く思ってしまうほどに。
人型ゴーレムは変わらない姿勢で階段の前に陣取っていた。俺達が奴の前出ると、間髪を入れず石礫が飛んでくる。
桐生さんはスキルに頼らない自前の歩法でそれを避けながら距離を積めると、刀を人型ゴーレムの左肩関節に向けて突き出した。
「刺突!」
ゴッ。
鈍い音がして人型ゴーレムの関節の一部が欠ける。傷は深くはないが、石の欠片が関節に詰まったのか左腕の動きは鈍い。
人型ゴーレムが右腕を振り抜き桐生さんを狙う。桐生さんが回転するようにその腕を回避すると同時、俺は重たい鋳物の鍋をゴーレムに向けて投擲した。
それは運良く人型ゴーレムの背中に直撃し、バランスを崩させる。そして桐生さんは人型ゴーレムの首目掛けて思い切り刀を振り下ろした。
「鋼の刃! 斬撃!」
首と胴体の接合部に刀が食い込む。しかし中途半端なところまで切り込んで止まった刀は引き抜けなくなった。
桐生さんは咄嗟に刀の柄から手を離し退避しようとするが、一瞬遅い。
起き上がったゴーレムの右腕が桐生さんの腹に吸い込まれる。
「桐生さん!」
「ぐ……」
彼女の細い体が壁に叩きつけられる。咄嗟にもう一つの鍋を投げつけるが、動揺していたせいか掠めるに留まった。
追撃に振るわれた人型ゴーレムの右腕を、桐生さんは鞘を振り抜くことでいなし、サブウエポンの果物ナイフをゴーレムの足関節に突き立てた。
「こいつの動きは私が封じますっ! 羽場さん! 今のうちに非常階段に逃げてっ!」
後頭部を壁に叩きつけられたせいか、エレベーターホールの壁には桐生さんの血がベッタリとついていた。
「何だよ……なんだよそれッ!」
俺は桐生さんの元へ駆け寄った。
「回復(弱)!」
苦悶に歪められていた桐生さんの眉が少し緩む。そして俺は最後1ptとなったスキルポイントで取得した『打撃』を使ってフライパンを人型ゴーレムに叩きつけた。
人型ゴーレムが怯んだ隙に、桐生さんの腕を引き非常階段の方へ押し出す。
誰かが1人足止めに残るなら、それは彼女じゃなくて俺でいい。俺がいいんだ。
だって、彼女に生きて欲しいから。そう願わずにはいられないほど、この異常な状況で彼女の存在に救われたから。
俺が持ってるスキルは『投擲、打撃、回復(極弱)、回復(弱)』。到底1人で生き残れるようなスキル構成じゃない。だけど俺は笑った。フライパンと、雑魚いスキルと、ちっぽけな勇気。戦うにはそれで十分だ。
人型ゴーレムの右腕が眼前に迫る。俺には桐生さんみたく歩法で避ける技術もない。でも、時間を稼げればいいんだ。彼女が逃げられるまで。
「うあああああぁ! どらあぁぁぁぁ!」
可愛らしい声質からは想像もつかないような声が聞こえた。桐生さんは逃げることなく、ゴーレムの首に食い込んだままの刀の柄にを掴んで無理やり切断しようと力を込めていた。
「2人で生き延びようって言ったじゃないですか! 私が言えた義理じゃないですけど、勝手に囮になんてなろうとしないでください! あなたは家へ帰らなきゃ! 一緒に、一緒に外へ出るんでしょう!?」
「ははっ、ほんと、君が言えたことじゃないな」
俺は思わず笑って桐生さんと一緒に刀の柄を掴んだ。一人では振り切れなかった刀も、二人でなら、或いは……。
ゴトッ!
ついに刀が振り切られ、ゴーレムの首を刎ねる。
『チュートリアルを終了します。ダンジョンの再構成を開始します。次の攻略開始ははじまりの広場からです。転移します。少々お待ちください』
その時、頭の中で再び声が鳴り響いた。17階のフロアに光が溢れる。目を開けていられないほどの眩しい光の中で、さらなる声がした。
『レベルを初期化することでチュートリアルのスキルポイント半額サービスを継続することができます。継続しますか?』
意識が朦朧とする中で響くその言葉に、虚に「はい」と返事をしながら俺は気を失った。
タワマンダンジョン・サバイバル 野生のイエネコ @yaseieneko
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