第6話「逆襲」

 ダンジョンを出ると、夕暮れの空が広がっていた。


 オーガの素材を詰め込んだ革袋は、ずしりと重い。


 【剛力】のおかげで楽に運べるが、見た目には不釣り合いだろう。細身の青年が、自分の体より大きな荷物を担いでいるのだから。


「さて、ギルドに戻るか」


 足取りは軽い。体の奥底から、活力が湧いてくるようだ。


 レベルが8から12に上がった影響だろうか。それとも、この【真・鑑定眼】を手に入れた高揚感か。


 エルステッドの街に戻る頃には、すっかり夜になっていた。


---


 冒険者ギルドは、夜でも賑わっている。


 依頼を終えた冒険者たちが酒を飲み交わし、明日の予定を話し合っている。


 俺が入口をくぐると、何人かがこちらを見た。


「あ、あいつ……昼間の鑑定士じゃねえか」


「生きて帰ってきたのか。薬草採取ごときで死んだかと思ったぜ」


 嘲笑交じりの声。


 だが、俺が担いでいる荷物を見た瞬間、その表情が凍りついた。


「お、おい……あれ……」


「オーガの素材……だよな?」


「は? 嘘だろ?」


 ざわめきが広がる。


 俺は気にせず、受付カウンターに向かった。


「依頼達成の報告と、素材の買取をお願いします」


 昼間と同じ女性職員が、目を丸くしている。


「え、ええと……薬草採取の依頼ですよね? その荷物は……」


「ダンジョン内でオーガに遭遇しまして。倒したので、素材を持ち帰りました」


「オーガを……倒した?」


 職員の声が裏返った。


 背後のざわめきが、さらに大きくなる。


「おいおい、聞いたか」


「鑑定士がオーガを倒した? 馬鹿言うな」


「でもあの素材、本物だぞ……」


 俺は革袋を開き、中身をカウンターに広げた。


 オーガの牙、皮、心臓。そして、品質「高」の回復草。


「【鑑定】で確認してもらえれば、本物だとわかります」


「は、はい……少々お待ちください」


 職員が奥に引っ込み、しばらくして白髪の老人を連れてきた。


 厳つい顔つきに、鍛え抜かれた体躯。現役を退いているようだが、只者ではない雰囲気を纏っている。


「ギルドマスターのオルグレンだ。君が、これを?」


「はい」


 オルグレンが素材を手に取り、じっと観察する。


「……間違いない。オーガの素材だ。しかも、処理が丁寧だな。急所を的確に突いている」


「鑑定で弱点を見抜きました。左膝に古傷があったので」


「ほう」


 オルグレンの目が光った。


「【鑑定】でそこまで見えるのか」


「……はい」


 嘘ではない。ただ、【真・鑑定眼】に進化したことは伏せておく。


 まだ、この能力を広める時ではない。


「面白い」


 オルグレンが笑った。


「薬草採取の報酬、銀貨3枚。オーガ素材の買取、金貨2枚。合計で金貨2枚と銀貨3枚だ」


 金貨2枚——一般人の月収の倍以上。


 たった一日で、これだけの収入を得た。


「ありがとうございます」


「礼を言うのはこちらだ。浅層にオーガが出たという情報は貴重だ。おかげで対策が打てる」


 オルグレンが手を差し出してきた。


「君の名は?」


「アルト・レイシスです」


「覚えておこう、アルト。また何かあれば、遠慮なく来い」


 握手を交わす。


 ギルドマスター直々に名前を覚えてもらえた。これは大きい。


---


 ギルドを出ると、夜風が心地よかった。


 金貨2枚と銀貨3枚。


 これだけあれば、しばらくは生活に困らない。


 装備を新調して、また明日からダンジョンに潜ろう。


 【スキルコピー】の枠は、レベルが上がれば増えるはずだ。


 今はレベル12だから、10で割って1枠。


 レベル20になれば2枠。様々なスキルを使い分けられるようになる。


「まずはレベル上げだな」


 宿に向かいながら、俺は計画を立てていた。


 鑑定で敵を分析し、有効なスキルをコピーして戦う。


 この戦法なら、ソロでもやっていける。


 もちろん、パーティを組んだ方が効率はいいだろう。


 だが、今はまだ——


「もう少し、自分の力を確かめてからだ」


 裏切られた傷は、まだ癒えていない。


 誰かを信じることへの恐怖が、心の奥底に残っている。


 それでも——。


「いつか、信頼できる仲間を見つけたい」


 そう思える自分がいることに、少しだけ驚いた。


 宿に向かう足取りは、昨日よりずっと軽かった。


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