追放された【鑑定士】は最弱職だと笑われたが、実は全スキルをコピーできる規格外でした

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第1話「追放」

「お前はもう必要ない。今日限りでパーティを抜けろ」


 冷たい声が、安宿の一室に響いた。


 窓の外では雨が降り始めている。王都グランハイムの夜は、いつもより暗く感じられた。


「……ヴァン、それは本気で言っているのか?」


 俺——アルト・レイシスは、目の前の男を見つめ返した。


 金髪碧眼の端正な顔立ち。王国中の女性が憧れる容姿を持つこの男こそ、勇者パーティ【聖剣の導き】のリーダー、ヴァン・クロウディスだ。


 Sランクスキル【勇者】の持ち主。王国の希望と讃えられる存在。


 そして、三年間俺が仕えてきた相手でもある。


「本気に決まっているだろう」


 ヴァンは腕を組み、見下すような視線を向けてきた。


「お前の【鑑定】なんて、誰でもできる程度の能力だ。敵のステータスを見る? そんなもの、戦えばわかる。アイテムの価値を調べる? 商人に聞けば済む話だ」


「待ってくれ。俺は三年間、このパーティのために——」


「荷物持ちと雑用係として、な」


 背後から嘲笑が聞こえた。振り返ると、パーティの魔術師セレナが扇子で口元を隠しながら笑っている。


「あなたがいなくても、私たちは困らないのよ。むしろ、報酬の分け前が増えて助かるわ」


「そうだぜ、アルト」


 大柄な戦士ロイドが、俺の肩を乱暴に叩いた。


「お前、戦闘じゃ何の役にも立たねえだろ。Fランクスキルの【鑑定士】なんて、冒険者やる意味ねえよ」


 三人の視線が俺を貫く。


 部屋の隅では、聖女エミリアが静かに微笑んでいた。何も言わない。助けもしない。ただ、この状況を——楽しんでいるようにすら見えた。


---


「……俺がいなくて、本当に大丈夫なのか」


 反論しようとして、声が震えた。


「先月の炎竜討伐。『左目の古傷が弱点だ』と報告したのは俺だぞ。あの情報がなければ——」


「俺の直感で見抜いた。お前の報告なんて関係ない」


 ヴァンが鼻で笑った。


「王宮への報告書にも、そう書いた。『勇者ヴァンの洞察力により弱点を看破』ってな」


「……は?」


 血の気が引いた。


 あの戦いで、俺は命懸けで炎竜に近づいた。炎に焼かれながら【鑑定】を発動し、弱点を見つけ出した。


 左腕に残る火傷の痕が、今も疼いている。


「お前の手柄じゃない。俺が見つけた弱点を、お前に『確認させてやった』だけだ」


 ヴァンの目が冷たく光った。


「わかるか? お前は最初から——俺の引き立て役でしかなかったんだよ」


---


 頭が真っ白になった。


 三年間。


 俺がどれだけ貢献してきたか。


 毒沼の魔物の弱点を見抜き、全滅を防いだこと。偽物の聖剣を鑑定し、詐欺師から百万ゴルドを守ったこと。ダンジョンの隠し部屋を発見し、レアアイテムを入手したこと。


 全部——全部、ヴァンの手柄として報告されていた。


「……お前、最初から俺を利用するつもりだったのか」


「利用? 違うな」


 ヴァンが一歩近づいてきた。


「俺はお前に『居場所』を与えてやった。孤児院出身で、最弱スキルしか持たないお前に。感謝こそされ、恨まれる筋合いはない」


「ふざけるな……!」


「事実だろう。お前一人で何ができた? 俺のパーティにいたから、三年間食えたんだ」


 反論できなかった。


 悔しいが——その通りだったからだ。


---


「それで、なぜ今なんだ」


 俺は搾り出すように聞いた。


「三年間利用してきて、なぜ今になって追い出す」


 一瞬、ヴァンの表情が揺らいだ。


 その視線が、部屋の隅にいるエミリアに向けられる。


「……これ以上、お前を置いておく理由がなくなった。それだけだ」


 理由になっていない。


 何かを隠している——そう感じた。


 だが、今の俺に追及する力はなかった。


「わかった……」


 拳を握りしめる。爪が掌に食い込んで痛い。


「わかったよ。出ていく」


「物わかりがいいじゃないか」


 ヴァンが満足そうに頷いた。


「餞別だ。これで王都から出ていけ」


 投げられた革袋を受け取る。中身は銀貨が数枚。三年間の報酬としては、あまりにも少なかった。


「じゃあな、元・鑑定士くん。せいぜい田舎で薬草でも鑑定して暮らすんだな」


 ロイドの笑い声を背に、俺は部屋を出た。


 扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


---


 宿の外に出ると、雨は本降りになっていた。


 濡れることも気にせず、俺は夜の王都を歩いた。


 石畳の道。煌びやかな街灯。すれ違う人々の楽しそうな笑い声。


 三年前、この街に来た時は希望に満ちていた。


 孤児院育ちの俺が、勇者パーティに誘われた。【鑑定】なんて役に立たないと思っていたスキルを「便利だ」と言ってもらえた。


 ——全部、最初から仕組まれていたのか。


 俺の【鑑定】を利用するために。功績を奪うために。都合が悪くなったら捨てるために。


「……くそっ」


 誰もいない路地裏で、壁を殴った。


 拳から血が滲む。雨に流されて、赤い筋が石畳を伝っていく。


 悔しい。


 情けない。


 三年間、何をやっていたんだ、俺は。


---


「……でも」


 空を見上げた。


 厚い雲の向こうに、月があるはずだ。今は見えなくても、確かにそこにある。


「終わりじゃない」


 俺はまだ十八歳だ。


 冒険者としての人生は、これからいくらでもやり直せる。


 王都にいる必要はない。どこか別の街で、一からやり直せばいい。


 雨に打たれながら、俺は歩き出した。


 行く先は決まっていない。


 だが、立ち止まるつもりはなかった。


「見ていろ、ヴァン」


 振り返らずに呟く。


「いつか必ず——お前を見返してやる」


 その夜、俺は王都を出る決意を固めた。


 まだ知らなかった。


 この追放が、俺の人生を大きく変える転機になることを。


 そして、俺の中に眠る"本当の力"に目覚めるきっかけになることを——。


---

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