幼馴染の聖地と、決意の条件
荒れた部屋と、絶望の沈黙
玲司は、華恋の部屋に足を踏み入れた。カーテンは閉ざされ、薄暗い部屋の中には、模擬練習のために広げたままだったデート雑誌や、読みかけの漫画が散乱していた。その様子は、華恋の心の荒廃をそのまま表しているかのようだった。
華恋は、玲司に背を向け、ベッドの端に座り込んだ。
「…言いたいことがあるんでしょ。早く言って。そして、早く帰って」
その声には、以前の明るい華恋の面影は微塵もなく、ただ冷たい諦めが滲んでいた。
玲司は、昨日の沙耶香とのデートで身につけた「完璧なエスコートの知識」も、光に教わった「感情を返す技術」も、全て無意味だと悟った。今は、ごまかしやテクニックではなく、核心を突くしかない。
玲司は、華恋の背中に向かって、深く頭を下げた。
「華恋。昨日は、本当にごめん」
「…」
「俺は、天堂との勝負に夢中で、お前が一番大切だってことを、完全に忘れていた。お前を傷つけるために、あのデートを利用した天堂の真意を知っていたのに、俺は、お前の気持ちを無視して、お前を実験台として使おうとしていた」
玲司は顔を上げ、震える声で続けた。
「あのキスは、俺にとっては何の意味もない当てつけだった。だが、お前が見てしまった以上、あれは俺の敗北だ。俺は、お前との信頼関係を、一瞬でぶち壊した」
華恋は、玲司の正直な謝罪に、ピクリとも反応しなかった。
究極の「デートの予約」
玲司は、それでも立ち上がらなかった。
「だから、お願いだ、華恋。俺にもう一度だけ、チャンスをくれ」
玲司は、昨日言えなかった言葉を、まっすぐに伝えた。
「俺は、天堂の『どちらかを選べ』という挑発に、答えを出した。俺がデートしたいのは、天堂じゃない。俺が心から楽しませたいのは、華恋、お前だけだ」
「…嘘つき」華恋は、掠れた声で呟いた。「どうせ、また天堂さんへの当てつけか、次の勝負のデータ収集なんでしょ」
「違う!今回は、勝負なんてどうでもいい!」
玲司は初めて、怒りを露わにした。「俺は、お前の笑顔を取り戻したいだけだ。だから、頼む。次の日曜、水族館に行こう。そこで、俺がお前を心から楽しませる。それが、俺の心からの謝罪だ」
幼馴染の聖域
長い沈黙が流れた。華恋は、ゆっくりと立ち上がり、冷たい目つきで玲司の正面に立った。
「わかったわ、玲司」
玲司の心臓が跳ねた。
「デートに行く。でも、水族館はダメ。私が場所を決める。それが、私の条件よ」
玲司はすぐに食い下がった。「わかった!どこだって行く!どこだ、華恋?」
華恋は、窓の外の薄暗い景色に目を向けた後、ポツリと、しかしはっきりとした口調で言った。
「次の日曜。私たちが初めて出会った場所。小学校の校庭に、二人で行きましょう」
「…小学校?」
玲司は、予想外の提案に戸惑った。そこは、二人が出会い、毎日泥だらけになって遊んだ、二人の思い出の「聖地」だった。デートスポットとしては、あまりにも非合理的だ。
華恋は、玲司の戸惑いを無視し、決意を秘めた目で玲司を見つめた。
「そこなら、無駄な装飾も、天堂さんの介入もない。私たちの一番最初に戻れる。そこで、私の心から笑えるかどうか、勝負しましょうよ。もし、私が一度でも心から笑えなかったら、もう二度と、私の前に恋愛の話を持ち出さないで」
華恋は、これは玲司への最後の試練だと突きつけた。
玲司は、その条件の重さを理解した。華恋の笑顔を取り戻すこと。それは、天堂沙耶香の完璧なデートよりも、遥かに難解な、幼馴染の心を取り戻すという究極の攻略だった。
「わかった。勝負だ、華恋」
玲司は、いつもの熱血馬鹿の顔に戻り、力強く頷いた。
「次の日曜。必ず、お前の笑顔を取り戻す。それが、俺達の『デート』だ!」
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