天才の暇つぶしと、視線(アイコンタクト)の真意 休憩時間の核心


模擬デートの最初のセッションが終わり、玲司の部屋で休憩に入った。光は満足げに冷蔵庫から持ってきたスポーツドリンクを飲み、玲司は頭を抱えながら、光に指摘された「感情データの不足」をノートに書き込んでいた。


華恋は、玲司の隣に座っているだけで胸が苦しいが、光が間に入っているおかげで平静を装うことができていた。


光はノートを睨む玲司に、冷たい視線を向けた。


「ねえ、玲司先輩」


「なんだよ、デバッグテスター」


「キューピットだって言ってんでしょ。それよりどうして天堂沙耶香は、自分から『デート対決』なんて仕掛けてきたの?」


玲司はペンを止めた。


「そんなの知らん。ただ、肉じゃがの勝負で敗北した俺に、次に勝つチャンスを与えてくれたとしか思えねぇ」


「フーン」光は納得していない。「あの人がわざわざ、時間と労力を使って、恋愛経験皆無の先輩を相手にするメリットがどこにあるの?ただの暇つぶしか、優越感に浸りたいだけじゃない?」


玲司は少しムッとしたが、否定できなかった。沙耶香が自分との勝負を楽しんでいるのは明白だったからだ。


「まあ、そうかもしれない。だが、勝負は勝負だ。俺は勝って、普通のデートの権利を手に入れる!」


華恋の胸に刺さる視線

光と玲司のやり取りを聞いていた華恋の胸に、ある記憶がフラッシュバックした。


それは、これまでの玲司と沙耶香の勝負の瞬間だ。期末テストの結果が掲示されたとき、マラソン大会で玲司が倒れ込んだとき、そして、肉じゃが勝負で玲司が惨敗を喫したとき…。


いつも沙耶香は、玲司に優しい笑顔や、少し冷たい言葉をかけていた。だが、その直後、あるいはその最中に、必ずと言っていいほど、華恋の方に一瞬だけ目線を向けることがあったのだ。


それは、一秒にも満たない、冷たく、そして全てを見透かしたような視線(アイコンタクト)だった。


あの視線は、何だったのだろうか?


(あの時、天堂さんは、私を見て何を思っていたんだろう?)


華恋の頭の中に、最悪の可能性が浮かび上がる。


(もしかして…天堂さんは、私の気持ちを知ってるんじゃないの?)


沙耶香は玲司が自分にアタックするたびに、優越感に浸っていたのかもしれない。そして、その優越感は、玲司本人に向けられているのではなく、陰で玲司を想っている華恋に向けられているのではないか?


まるで、「あなたごとき凡人が、彼を私から奪おうなんて、笑わせないで」と、華恋の恋心を理解した上で、その無力さを当てつけるように。


そして、今回の「デート勝負」。


(…玲司が私に模擬練習を頼むことまで、もしかして見越していたんじゃないの?)


沙耶香は、玲司が華恋に助けを求め、二人が親密な時間を過ごすことを知った上で、「模擬デート」という名の「華恋の心を弄ぶゲーム」を仕掛けてきたのではないか。


華恋は、四葉のキーホルダーを握りしめながら心の中で戦慄した。


天堂沙耶香にとって、玲司はただの「暇つぶしの挑戦者」。そして、私は、その挑戦者を操ることで楽しむための「恋心を抱えた脇役(エキストラ)」に過ぎないのではないか――。


デートシミュレーション再開

華恋は、沙耶香の計り知れない深さと、自分の立場の惨めさに、息苦しさを覚えた。しかし、この模擬デートを中断することはできない。玲司が真剣に彼女を楽しませようと努力しているからだ。


「お姉ちゃん、ボーっとしてないで!休憩終わり!次はデートスポットでの会話シミュレーションよ!」光がパンと手を叩いた。


「う、うん…」


華恋は、沙耶香の冷酷な視線と、玲司の無垢な熱意という、二つの強力な感情の波に挟まれながら、次の模擬練習へと進むしかなかった。このデートは、玲司にとって打倒・天堂の試練であり、華恋にとって恋心と絶望の試練だった。

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