土曜日のスーパーと、恋する乙女の暴走


運命?の買い出しスタート

週末の土曜日。華恋は午前中からそわそわしていた。妹の光が「がんばれ、デート」とニヤニヤしながら送り出してくれたことが、華恋の鼓動をさらに速くする。


「玲司に、可愛いって思われたい!」


華恋は、普段着の中でも一番お気に入りの、淡いピンクのカーディガンを選んだ。玲司の家で待ち合わせ、二人は最寄りの大型スーパーへと向かう。


「よし、華恋先生!」玲司はリュックを背負い、手にメモ帳を持ち、真剣な顔で言った。「『肉じゃが攻略マニュアル』第一段階、材料の選定と買い出しだ。頼む!」


「う、うん!」


華恋は玲司の隣を歩くという事実に胸がいっぱいで、頭の中は「まるで新婚夫婦みたい!」という妄想で占められていた。


玲司の真剣さと華恋の妄想


スーパーに到着すると、玲司はすぐにじゃがいも売り場へ直行した。


「華恋先生、まず、じゃがいもだ。天堂はきっと、品種にまでこだわってくる。俺たちは凡人だからこそ、最高の食材を選ぶ必要がある。どの品種が、煮崩れせず、最も出汁を吸い込むんだ?」


玲司の目は、ゲームのレアアイテムを探すときと同じ真剣さだった。


「えっ…えーっとね、男爵よりはメークインの方が煮崩れしにくいかな。でも、新じゃがが出てるから、皮が薄くて味がしみ込みやすいのはそっち…」


「メークイン!よし、メモ!」玲司は即座にメモを取り始めた。


「分かった。じゃあ、メークインを形が均一なもので選定。これはバフ効果(見栄え向上)を狙う!」


玲司は、次に肉売り場へ。


「肉だ!牛肉と豚肉、どちらを選ぶべきか。カロリーを気にする天堂はヘルシーな豚肉を選ぶかもしれんが、王道でいくなら牛肉だ。華恋先生、牛肉のどの部位が肉じゃがの最強火力(旨味)を引き出す?」


「ひ、ひえぇ…」華恋は、玲司が「デート」中に真剣な食材論を繰り広げていることに、戸惑いを隠せない。


(普通のデートなら、「どっちの味が好き?」とか聞いてくれるんじゃないの…?なんで部位の最強火力を語ってるの、玲司…!)


「えーっと…コクを出すなら、バラ肉か、薄切りの肩ロースかな…。脂身と赤身のバランスが大事で…」


「バラ肉と肩ロース!よし、両方試作する前提で少量ずつ購入!完璧だ!」


玲司の頭の中は、完全に「肉じゃが」の攻略データで埋まっていた。華恋の気持ちなど、彼のレーダーには全く引っかかっていなかった。


決定的瞬間と乙女の暴走

そして、人参売り場にたどり着いたとき、華恋の妄想はピークに達した。玲司が人参を手に取り、華恋の顔の横に並べてきたのだ。


「華恋先生。この人参、天堂の選ぶ人参より色が濃い気がする。見栄えも重要だが、甘みのデータはどうだ?」


玲司はあくまで真剣だ。しかし、華恋の脳内では…

(キャー!玲司が私の顔と人参を比べてる!「華恋の顔の方が人参より可愛い」って言いたいんでしょ!?も、もしかして、あーんして欲しいってこと!?)


華恋は顔を真っ赤にして、思わず人参を奪い取ろうとした。


「も、もういいわ!人参は私が選ぶから!」


「お、おい!どうした華恋?」


「い、いいの!私は先生だから!全部私が選ぶわ!タマネギは角が丸くて変形していないもの! しらたきはアクが少ないもの!」


華恋は、玲司への情熱を、まるで料理の知識であるかのように爆発させ、勢いよくカゴに食材を放り込んでいった。


(これでいい!私が積極的にリードすれば、これは完璧にデートとして成立する!)


玲司は、華恋の急な行動力に驚きながらも、「さすが先生!プロの判断は早いな!」と感心し、メモに『華恋先生:食材選定のスピードと確度、SSSランク』と書き込んだ。


玲司の視線が、料理の先生として自分を認めてくれていることに変わりはないが、それでも華恋は、この二人きりの時間を手に入れたことに満足していた。


「よし、これで材料の買い出しは完了!次は玲司の家で調理シミュレーションだ!」


玲司の熱意は最高潮に達し、華恋の心は恋する乙女の勘違いで満たされながら、二人は食材の詰まったカゴを手に、玲司の家へと向かうのだった。

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