第11話「土下座と代償」

 突如としてモンスターの背後で起こった大爆発は、一度では終わらなかった。

 まるで絨毯爆撃のように次々と爆発が連鎖し、モンスターの軍勢を後方から飲み込んでいく。混乱したモンスターたちは互いにぶつかり合い、統率を失っていった。


「な、なんだ!?」


「援軍か!?」

 城壁の上の誰もが、あっけにとられてその光景を見ていた。

 やがて、爆炎の中から姿を現したのは、この国の正規軍である王都騎士団の精鋭部隊だった。アルフォード卿が万が一のために王都へ要請していた援軍が、絶妙のタイミングで到着したのだ。

 形勢は、一気に逆転した。

 勢いを失ったモンスターの群れは、街の防衛隊と王都騎士団による挟み撃ちに遭い、なすすべもなく駆逐されていった。

 夜が明ける頃には、あれほど絶望的に思えた戦いは嘘のように終わりを告げていた。

 街は、歓喜に包まれた。人々は抱き合い、涙を流して勝利を喜んだ。

 その中心にいたのは、間違いなく俺だった。


「慧さんのおかげだ!」


「あなたが街を救ってくれた!」

 騎士も、冒険者も、市民も、誰もが俺を英雄として称賛した。アルフォード卿自らが俺の元へやってきて、固い握手を交わした。


「君がいなければ、この街は今頃なかっただろう。心から感謝する」

 照れくさいような、誇らしいような、複雑な気持ちだった。俺はただ、自分にできることをしただけだ。

 だが、そんな勝利の喧騒の中、一つの惨めな集団がいた。

 生き残った、数少ない「紅蓮の牙」のギルドメンバーたちだ。彼らはほとんど戦力になることなく、多くの仲間を失った。その顔には、疲労と絶望の色が濃く浮かんでいる。

 その集団の中から、一人の男がふらふらとした足取りで俺の方へ歩いてきた。

 ダリオだった。

 彼の鎧はボロボロで、顔は煤と涙で汚れ、かつてのエリート冒険者の面影はどこにもなかった。

 そして、彼は。

 俺の目の前まで来ると、何の躊躇もなくその場に膝をつき、土下座をした。


「……ケイ」

 地面に額をこすりつけ、絞り出すような声で言った。


「頼む……俺たちを、助けてくれ……。ポーションを、売ってくれ……」

 その声は、屈辱と後悔に震えていた。

 周りにいた人々が、息をのんで俺たちのやり取りを見守っている。

 俺は、黙って土下座するダリオを見下ろしていた。

 正直、胸がすく思いがなかったと言えば嘘になる。俺をゴミのように追い出した男による、必死の命乞い。

 これ以上ないほどの「ざまぁ」な光景だろう。

 だが、同時に奇妙な虚しさも感じていた。

 俺は、こんなことがしたかったわけじゃない。ただ、自分の力を証明したかっただけだ。

 俺はゆっくりと口を開いた。


「……いいだろう。ポーションは提供する」

 ダリオの肩が、びくりと震えた。


「冒険者の命には代えられない。怪我人を治療するのが先だ」

 俺の言葉に、周囲から「おお……」という感嘆の声が漏れる。

 ダリオは、信じられないといった様子でゆっくりと顔を上げた。その目には、涙が溢れていた。


「あ……ありが……」


「ただし」

 俺は、彼の言葉を遮った。


「タダで、とはいかない。相応の代償を支払ってもらう」

 俺は、冷徹な声で告げた。


「あんたたちのギルド、『紅蓮の牙』の全資産とギルドハウス、そして運営権。その全てを、俺に譲渡してもらう」


「なっ……!?」

 ダリオが絶句した。それは事実上、ギルドの乗っ取り宣言だった。


「それが、あんたたちが犯した過ちの代償だ。多くの仲間を無駄死にさせ、街を危機に陥れた責任を取ってもらう。それができないなら、この話はなしだ」

 俺は、一切の情けをかけずに言い放った。

 ダリオは、しばらく呆然としていたが、やがて力なくうなずいた。


「……わかった。全て、あんたの言う通りにしよう」

 もはや、彼に選択肢は残されていなかった。

 こうして、かつて俺を追放したギルド「紅蓮の牙」は、その歴史に幕を下ろし、俺の手に渡ることになった。

 それは、俺の追放から始まった長い復讐劇の終わりであり、新たな伝説の始まりでもあった。

 全てを失ったダリオは、かつて自分がゴミ扱いした男に自分の全てを奪われるという最大の屈辱を味わいながら、ただ静かにその場にうなだれるしかなかった。

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