迷い船

きんもぐら

ゆらりゆらり


 ぎぃ。

 ガタン。

 身体が揺れた拍子に意識が浮上してきた。

 まず感じたのは寒さだ。腕と背中が冷たい。次に床の固さ。眠気がまだ勝っているため、再び寝ようと試みるも寝心地の悪さに諦めるしかなかった。

 仕方ない。起きるしかなさそうだ。鼻からめい一杯息を吸って深呼吸をする。

 埃っぽい匂いが鼻腔いっぱいに入ってきて噎せた。

 目を開けて起き上がる。

 知らない部屋だ。

 薄暗くて見通しが悪い。辺りを見渡し、自分の記憶から知っているものと照らし合わせていく。

 奥まで続く長い空間。自分はこの空間の端っこにいるのだろうか。明かりは心もとない提灯がいくつか天井にぶら下がっている。部屋の奥までは見えない。

 自分の目の前には、長いローテーブルが部屋の真ん中に置いてある。部屋を半分に分断してるかのようだ。奥まで何脚か並べている。そしてテーブルの下には座布団。

 宴会場みたいな場所に似ている。それにしては部屋の横幅が狭いし、独特な空間のような気がする。

 ぎぃ。

 そういえば、さっきから奇妙な音がしている。

 心なしか、地面が揺れているように思う。日常的に感じることのない揺れに気持ち悪くなりそうだ。

 ポチャン、パシャン、という音も聴こえる。

 揺れにあわせて聴こえてくる。

 なんだ?

 立ち上がる勇気がないため、四つん這いで移動すれば、窓があった。窓台があり、座れそうな幅だ。窓台に手を置き、破れた障子の窓の隙間から外を見た。奥にぼんやりと橙色の灯りが見える。


 全体がよく見えない。

 突然部屋がグラッと大きく揺れた。

 揺れに逆らえず床に転ぶ。

 チャポ。

 もしかして、水の上にいるのか?

 まるで全てを理解したかのように急に自分がどこにいるのかがわかった。


 恐らくこの部屋は、屋形船の中なんじゃないか?だから揺れているんだ、波に揺すられて。わかったからといって、暗い部屋が明るくなることはない。見えない景色を自分の脳が予想して、こういう構造だろうと補足をしていく。


 それにしてもどうして屋形船なんかに。

 ローテーブルの上は、宴会後の散らかり方をしていた。座布団もテーブルも規則正しさはなく、使われた後のような乱雑さだ。誰かがいた痕跡はあるのに、いるのは自分ただ一人。

 聴こえるのは船が波に揺すられる音。

 

「誰かいませんか」

「しぃー!!静かに!静かに!音を立ててはいけません!」

 

 自分が発した声に被せるように突然声が左後ろから聞こえて心臓が跳ねた。老人、だろうか。酷く慌てた様子でこちらを叱りつけた。危うく悲鳴が出そうになる。それくらい突然現れたのだ。

 見れば草臥れたくたび作務衣を着たじいさんのようだ。じいさんは、目をぎょろぎょろと忙しなく動かし、しきりに窓の外を気にしていた。すると、びくりと飛び上がり、テーブルの下に入って!と急かされた。訳もわからずその声に従ってテーブルの下に潜れば、破れた障子が乱暴に開き、窓の大きさをやっと通れるほどのでかい手が船内に入り込んだ。まるでテーブルの上を物色するように撫でていたが、なにもないと知ると手は引っ込み、障子がするすると名残惜しそうに閉まっていった。


 パタン。


 船内がまたシーンとなった。

 静かなせいで自分の心臓の音がよく聴こえる。

 かなり驚いたのか、怖かったのか脈が速い。ドクドクと鳴っている。呼吸も最小限に抑える。

 あの怖い手がまた来るんじゃないか、と警戒した。


「…行ったようだな…。いいですか?ここにいることを彼らにバレてはいけません」

「ここ、どこですか。あれって」

「きなさい」


 俺の質問には答えず、じいさんは窓際に近寄り障子の隙間から外の様子を見ていた。

 

「あの船が見えますかな?」

 

じいさんに促されるままに外を見れば、先程はぼんやりとしか見えなかった橙色の灯りの正体をとらえることが出来た。

 見たことがある建造物が幾重にも重なって出来上がっていたその建築物をじいさんは、遊覧船と言った。

 

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迷い船 きんもぐら @Kinmogura

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