淡い夜に満たされて

@study-v

淡い夜に満たされて

淡い灯りに触れる前で

 三十半ばを過ぎてから、休みの日が静かだ。

 会社と家の往復。友達と呼べる存在は減り、結婚し子を持つ同期が増え、飲み会の話題も子育てや住宅ローンになった。


 僕だけは、一人暮らしのワンルーム。

 帰れば真っ暗な部屋と、冷えた床。

 スーパーの半額シール付きの惣菜と、発泡酒一本。テレビの音が虚しく響く。

 それなりに仕事はしているが、充実したプライベートとは言い難い。


 そんなある昼休み。

 隣の席の若い社員・松井がスマホで釣り動画を見ていた。


「アジングって知ってます? めっちゃ簡単で楽しいっすよ」


 なにげなく聞き流すつもりだったが、「誰でも釣れる。」という言葉だけが、妙に胸に残った。


「ほう……アジが? 簡単に?」


「はい!夜、常夜灯の下で軽く竿振るだけです」


 松井は軽い。若さの象徴みたいに。

 僕は笑って返しただけだったが、その夜、動画検索が止まらなくなった。

 

 釣りは子どもの頃に数える程度しかやったことしかないが、イメージはある。

 全くの未知という訳ではない。


 趣味と言えるものは特になく、休日はなんとなくスマホをいじって、気づけば一日が終わっていることも多い。そんな自分でも、もしかしたらこのアジングとやらなら、「自分の新しい楽しみ」が見つかるんじゃないか――そんな都合のいい期待が、気づけば心の中でふくらみ始めていた。

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