合法ショタお兄さん(22)、うっかりキスした姫騎士様に胃袋と唇をロックオンされる ~キスでのレベル上げは副作用で甘々です~

ペンタ

第1話 レベル0の受付嬢(♂)の慎ましい日常

これはもう男の妄想ダダ漏れだよね。

こんなヒロインいたらいいなぁと思って書いたロマン溢れる展開!

—――――――――――――――――――――――


「ステータス・オープン」


 誰もいないギルドの資料室で僕は小さく呟いた。空中に半透明のウィンドウがふわりと浮かび上がり、無慈悲な現実を映し出す。


【名前】クロウ・アークライト


【年齢】22歳


【職業】ギルド職員(経理・受付)


【レベル】0


【スキル】家事(Lv.MAX)、計算(Lv.8)


【ギフト】接触励起(タッチ・ブースト)


「……はぁ。相変わらずレベル0か」


 僕は深いため息をついてウィンドウを指先で弾いて消した。この世界――剣と魔法の王国グランディアにおいて、二十歳を過ぎてレベルが『0』の人間なんて僕くらいのものだろう。


 冒険者たちは魔物を倒し、経験値を得てレベルを上げる。街のパン屋だって毎日粉を捏ねていれば体力値が上がり、レベルは3や4にはなるものだ。

だが、僕にはそれがない。どれだけ働こうが、魔素を取り込もうが、僕の身体は経験値を蓄積できない欠陥構造なのだから。


 おまけにこの外見である。


 ふと部屋の鏡に視線をやる。そこに映っているのは茶色いふわふわの癖っ毛に、くりっとした大きな瞳。身長は145センチ。声変わりも中途半端な高めのテノールボイス。着崩したギルドの制服はどこか「お父さんの服を借りた子供」のようにも見える。


 どこからどう見ても12歳前後の少年にしか見えない。けれど、中身はれっきとした22歳の成人男性だ。世間ではこういうのを『合法ショタ』と呼ぶらしいけれど、当の本人からすれば不便でしかない。


「クロウちゃーん!お仕事終わった~?」


 資料室のドアが勢いよく開き、甘ったるい声が飛んできた。ギルドの受付チーフ、エルフのシェリルさんだ。


「終わりましたよ、シェリルさん。あと『ちゃん』付けはやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか。僕はあなたの部下で成人男性なんですから」


「あらあら、生意気言っちゃって。ほら、お疲れ様のご褒美にお姉さんがハグしてあげる」


「うぐっ……!?」


 拒否権などない。300歳を超えているとは思えない若々しさと、豊かなハニーブロンドの髪から漂う花の香り。それらと共に僕の顔面は彼女の暴力的なまでに大きな双丘へと埋められた。


「ん〜っ、今日もクロウちゃんはいい匂いがするわねぇ。赤ちゃんみたいなミルクの匂い」


「ふぐぅ……!く、苦しいです……!」


「あらごめんあそばせ。……でね、お願いがあるの。これ、王城の兵站部へ届けてくれない?」


 シェリルさんは僕を解放すると、分厚い書類の束を胸に押し付けてきた。上目遣いで、豊満な胸元を強調しながらウインクする。


「急ぎなのよ。クロウちゃんなら門番さんも顔パスで通してくれるでしょ?『お使いご苦労さま、ボク』って」


「……僕の見た目をダシに使いますか、普通」


「お願い♥今度の飲み会、クロウちゃんの会費タダにしてあげるから」


「……はぁ。行ってきます」


 僕は書類を受け取り、肩を落として部屋を出た。レベル0で、見た目は子供。戦う力なんてない僕の望みは、ただ一つ。


 平穏に暮らして、美味しいご飯を食べて、ふかふかの布団で寝る。それだけの「丁寧な暮らし」ができれば、それでいいのに。


 まさかこのお使いが、僕のささやかな願いを粉々に砕くことになるなんて、この時はまだ知る由もなかったんだ。



 王城、西棟の渡り廊下。一般職員や兵士が行き交うこの場所を、僕は小走りで進んでいた。


 時刻は夕暮れ時。窓から差し込む西日が、石造りの床を鮮やかなオレンジ色に染めている。


(早く終わらせて帰ろう。今日の夕飯はクリームシチューにするって決めてるんだ)


 冷蔵庫に残っている鶏肉ととろとろに煮込んだジャガイモ。隠し味に味噌を少し入れたホワイトソースは、ご飯にもパンにもよく合う。想像するだけで口の中に唾液が湧いてくる。仕上げにブロッコリーを添えれば、彩りも完璧だ。


「よし、あとこの角を曲がれば兵站部だ」


 思考の九割を今夜の献立に支配されていた僕は、完全に油断していた。曲がり角の向こうから、カシャ、カシャ、という重厚な金属音が近づいていることに、気づくのが遅れたのだ。


 ドンッ!!


「――っと!?」


「きゃっ!?」


 出会い頭の衝突。書類が雪のように舞い散る中、僕の軽い身体は、物理法則に従って弾き飛ばされる――はずだった。


 だが、相手が悪かった。いや、良かったのか、あるいは運命の悪戯か。

ぶつかった相手は、全身を白銀の鎧に包んだ人物だったのだ。僕は反射的に、転ばないように相手の身体にしがみついてしまった。


 相手もまた、突然視界の下から現れた子供(僕)を避けようとして、体勢を崩していたらしい。


「あ――」


 スローモーションのように世界が回る。僕の腕が、相手の硬い胸当ての上を滑り、その上にある無防備な首筋へと伸びる。相手の腕が、僕の背中に回り、支えるように抱きとめる。


 そして、重力に従って二人の顔が急接近し――。


 僕の唇は、吸い寄せられるように『そこ』に着地した。


 柔らかく、温かく、少し甘い香り。それは、女性の唇だった。


「んっ……!?」


 声にならない悲鳴が、密着した唇の隙間から漏れる。


(しまっ――!!)


 思考が真っ白に染まるのと同時に、僕の身体の奥底にある『ギフト』が暴発した。


 ――《接触励起(タッチ・ブースト)》、発動。


 僕のレベルが0である理由。それは、体内で生成される魔力を自分の中に留めておけず、常に外部へ放出しようとする特異体質だからだ。普段は抑制しているその力が、『粘膜接触』という極太のパイプを得て、堰を切ったように逆流を始めた。


 ドクンッ、と心臓が跳ねる。僕の中に溜まっていた膨大な魔力と経験値が、熱した蜜のような奔流となって、唇を通して相手の体内へとなだれ込んでいく。


「んんぅっーーー!?!?♥」


 相手の女性の喉から、艶めかしい音が響いた。ただのキスではない。魂の芯を直接撫で回されるような、濃厚なエネルギーの注入。


 彼女が誰かなんて確認する余裕もない。流れ込む魔力があまりに強大すぎて、彼女の身体がビクンビクンと痙攣しているのが伝わってくる。


「ふ、ぁ……っ、だめ、こんな……あつい……ッ!」


「ん……ぅ……」


 離れようとしても魔力のパスが繋がってしまい、磁石のように唇が離れない。僕が呼吸をするたび、彼女の口内へさらに深く魔力が侵入していく。


 彼女の腕が僕の背中を強く掻きむしるように抱きしめた。それは拒絶ではなく、もっと深い接触を懇願するような力強さだった。鎧越しでも分かるほど、彼女の体温が急激に上昇している。


(まずい、これ以上は……彼女の脳が焼き切れる……!)


「ぷはっ……!!」


 僕は残った理性を総動員して、強引に身体を引き剥がした。


「はぁ、はぁ……っ!」


 石畳の上に尻餅をつく。目の前には、へたり込み、肩で息をする女性の姿があった。

美しい、白銀の髪。整った顔立ちは、今は茹で蛸のように真っ赤に染まり、焦点の合わない瞳がとろんと潤んでいる。そして、だらしなく開いた口元からは、銀色の糸がツーっと伸びていた。


 その顔を見て、僕は血の気が引いた。


(嘘だろ……。この人、近衛騎士団長のオルトリンデ様じゃないか……!?)


 王国の至宝。冷徹なる処女将軍。そんな彼女をあろうことか白昼堂々、廊下で押し倒して濃厚なキスをしてしまったのだ。しかも、僕のギフトの副作用で、彼女は今、あられもない姿で打ち震えている。


「あ……ぅ……からだ、が……」


 オルトリンデ様が、熱に浮されたような瞳で僕を見上げる。その瞳に宿っているのは、怒りではない。もっと粘着質で、渇望に満ちた、危険な光。


(捕まったら、終わる……!)


 本能が警鐘を鳴らした。実験動物にされるか、一生この人の「充電器」として飼われるか。どちらにせよ、僕の「丁寧な暮らし」は崩壊する。


「も、申し訳ありませんッ!急いでますので!!」


 僕は散らばった書類を拾うのも忘れ、脱兎のごとくその場から逃走した。


「あ……ま、待て……少年……」


 背後から、濡れたような声が聞こえた気がしたが、僕は振り返らなかった。夕飯のシチューのことなど、もう頭の片隅にも残っていなかった。

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