Enchantment Artist >>僕は、あなたの魂を、世界に強制的に理解させる。<<
比絽斗
エンチャントの崩壊
偽りの熱狂
間宮真司、19歳。彼には、誰にも言えない秘密がある。
彼の右手で描かれた線―――それが紙であれ、液晶のキャンバスであれ―――には、描かれた対象の想いを増幅させ、受け手に「体感するほどの感情移入」を強いるバフが乗る。真司はこの異能を、静かに【共感付与(エンパシー・エンチャント)】と呼んでいた。
「真司!この表紙、最高のバフよ!発売前に予約だけで前作超えたわ!」
彼の隣で歓喜の声を上げるのは、高校時代から付き合っている恋人、義澤瑠衣。
中堅島サークル「ルイン・ブルー」の主催である彼女は、商業小説家を目指す二次創作作家だ。
真司のイラストは、瑠衣の小説の顔となる表紙や挿し絵に描かれることで、読者の心に瑠衣の文章世界を深く、ねっとりと焼き付けてきた。
瑠衣のサークルは、その予約数と熱狂的なレビューによって、もはや中堅島の域を超え「次の壁サークル」と目されるようになっていた。
コミケの朝
真司のイラストが描かれたポスターの前には、瑠衣の文章に「泣いた」「感動した」と熱く語るファンの列ができていた。
「これでまた一歩、プロに近づいたわ。真司の絵も悪くないけど、やっぱり小説の力よ」
瑠衣の瞳は、自身の才能を信じきった者のそれだった。その確信に満ちた笑顔を見るたび、真司の胸には、鉛のような重みが溜まっていく。
(違う。その熱狂は、君自身の力じゃない)
真司は知っていた。瑠衣の小説は、確かに技巧的で美麗だ。修飾語の選び方、情景描写の緻密さ、構成の正確さは、同人界隈でもトップクラスだろう。
だが、肝心の魂が、どこか抜け落ちている。
真司の目から見れば、それはどこか「学生レベルの技巧」を脱していない、浅い綺麗事に過ぎなかった。
瑠衣が書くのは、常に「綺麗な悲劇」や「理想的な献身」だ。
そこに、人間が抱える泥臭い嫉妬や、生々しい欲望、そして救いがたいほどの孤独といった、読者を突き動かすだけの「生きた感情」が存在しない。
読者の熱狂は、ほぼ全てが、真司が絵に乗せた【共感付与】によるものだ。
彼は、瑠衣の文章の表面的な美しさの奥にある。
彼女自身の薄っぺらい願望を増幅させ、あたかも読者が「人生を賭けた情熱」を体感しているかのように錯覚させてきた。
彼らは瑠衣の文章を読んでいるのではない。真司の絵を通して、瑠衣の空虚な理想を、自分自身の感情として体感しているだけなのだ。
瑠衣はその錯覚を、自分の才能だと心底から過信している。その盲目的な自信と、真司が作り出した「偽りの熱狂」の維持のために、真司は彼女の隣に立っている。
自分は、恋人ではなく、ただの高性能なバフ道具なのではないか。その疑問が、真司と瑠衣の間に、深くて冷たい溝を作り始めていた。
焦燥と渇望
真司が最近感じていた違和感は、瑠衣の視線から生まれていた。
彼女が自宅兼サークル部屋の作業スペースで、真司が描いた次作のポスターを見つめる時間は減り、代わりに大手壁サークル「ブラック・ロータス」の主催者兼漫画家、美堂景綱の仕事へと向けられることが増えていた。
美堂は、瑠衣とは対照的だった。彼の描く成人コミックは、技巧的には粗削りだが、登場人物の欲望や苦悩が、読者に突き刺さるような「生々しい情熱」に満ちている。読者の反応も「汚い」「最高にクズ」「だが、これが現実だ」といった、真司のバフとは無関係な、本能的な熱狂が中心だった。
美堂のサークルは、中堅島の瑠衣にとって、文字通りの「壁」だった。
真司は知っていた。瑠衣は、自分の技巧だけでは、あの「壁」を越えられないことに、本能的に気づき始めているのだ。
彼女が心の底から渇望するのは、真司のバフが作り出せない「真の生々しさ」。
そして、
美堂が持つ「プロの成功」と、それに裏打ちされた「創作のエネルギー」だった。
その夜、
真司は美堂との共同作業(美堂のサークル本の一部挿し絵の仕事)を終え、深夜のサークル部屋に戻った。自分の作業道具を取りに来ただけだったが、部屋の扉の隙間から漏れる微かな光と、聞き慣れない音に、真司の足が止まった。
真司は、自分のスキルが他人の感情を増幅させる代わりに、自分自身の感情を鈍磨させてしまうことに気づいていた。感情の波をフィルターにかけてしまうため、怒りも悲しみも、常人より遥かに穏やかに、遠くで起こる出来事のように感じる。
だが、
今、扉の向こうで聞こえる音は、その鈍磨した感情のフィルターを、力ずくで引き裂いた。
扉の隙間から、二人の声が漏れた。
「……瑠衣、もっと……自分の文章にはない、美堂さんの、その、泥臭い熱さが……欲しいの」
瑠衣の声は、吐息混じりだった。それは快楽の声というより、むしろ創作への、そして自分自身の才能への、焦燥と屈辱が混ざり合った、生々しい渇望の音だった。
「わかってるよ、瑠衣。お前の小説にはねえ、壁サークルの主催たる俺の、生きた情熱を、教えてやる。お前の、綺麗なだけの物語に必要な、汚いエネルギーをな」
美堂の低く、自信に満ちた声。その言葉は、真司が長年抱えてきた瑠衣への評価を、別の人間の口から、最も残酷な形で突きつけられた瞬間だった。
瑠衣が求めていたのは、真司のスキルに依存した虚飾からの逃避であり、真の「成功」と「情熱」を持つ男の腕の中に飛び込むことだったのだ。
真司の全身から、血の気が引いた。フィルターが剥がれ落ち、初めて知る、皮膚の下で血が逆流するような、
冷たく激しい「裏切りの痛み」
彼は、その場で一歩も動かず、静かに、そして冷徹に、心の中で決意した。
(俺のバフで作り上げた、お前の偽りの世界を終わらせる)
真司は、瑠衣に過去に描いた全てのイラストの「バフ効果を無効化する」と、心の中で固く誓った。それは、愛する恋人の裏切りに対する、真司というアーティストによる、最も冷酷で、最も個人的な「報復」だった。
亡霊の彷徨と
エンチャントの無効化
真司は翌日、瑠衣に別れの言葉すら告げず、サークル部屋の鍵をメールで送り、身一つで街へと飛び出した。
数時間後、
瑠衣の最新作のレビュー欄は、突如として冷たい評価で溢れかえった。
「あれ?なんか、急に文章がスッカスカに感じる」
「前回までの感動はどこにいったんだ?技巧的だけど、何も心に残らない。ただの『綺麗な文章の死体』みたいだ」
「壁サークル候補って話だったのに、蓋を開けたら中堅島の技術レベルじゃん」
真司のバフが消滅した瞬間、瑠衣の小説から「生きた熱量」が抜け落ち、残ったのは、彼女の実力相応の「学生レベルの技巧」だけだった。真司は全てを失ったが、同時に自分の手の力の真の恐ろしさと可能性を、この冷酷な結果によって知ることになった。
(俺のスキルは、その人間の「魂」の輪郭を強固にし、周囲に錯覚させる力だ。バフを無効化すれば、残るのは輪郭を失った、冷たい真実だけになる)
真司はアスファルトの上を、まるで自身の肉体から切り離された亡霊のように彷徨った。雨上がりで、ネオンサインが濡れた路面に反射して滲む。彼は、自分自身が生み出した虚像と、それによって崩壊した現実の狭間に立ち尽くしていた。
夜の雑踏の中、
街頭ビジョンには、彼が以前イラストを手がけた2.5次元VTuber、「ノクターン(Nocturne)」のプロモーション映像が流れていた。
「――歌姫ノクターンの新曲、明日配信開始!」
ノクターンは顔出しをしない、歌に特化したVTuberだ。
真司が描いたアバターは、夜の帳と月光を纏った、繊細でどこか憂いを秘めた美しい少女だった。そのアバターには、真司が彼女の歌声から感じ取った
「誰にも理解されない孤独な魂」のバフが強く乗せられていた。
(彼女の人気は、あの歌声に俺のバフが加わり、リスナーに「彼女の孤独に、まるで自分が寄り添っているかのような」一体感を錯覚させた結果だ)
真司は自嘲した。自分は、誰かの夢を叶えながら、その夢の「偽りの種*を植え続けてきた。
瑠衣のように、ノクターンもまた、自分が作り上げた幻想の上で踊っているに過ぎないのだろうか?
気がつけば、彼はノクターンが過去にライブを行っていた、都心の小さなライブハウスの裏手に立っていた。
雨上がりの湿った空気の中、彼はライブハウスの搬入口の脇で、誰にも気づかれないように座り込んでいる一人の女性を見つけた。
パーカーのフードを深く被り、膝を抱えている。
疲れ切った様子で、その顔はネオンの光も届かない影の中にあった。彼女の周りには、ライブハウス特有の、熱狂が去った後の冷え切った空気が漂っていた。
ふと、女性が小さなため息をついた。
「はぁ……もう、どうすればいいんだろう。私の歌じゃ、もうダメなのかな。次の新曲、ファンが離れていったら……」
その声を聞いた瞬間、真司の心臓が強く跳ねた。
低く、少しハスキーで、しかし芯のある、聴き慣れた声。
ノクターンの中の人(魂)だ。
真司が描いたアバターが宿す「孤独」を、今、目の前の生身の女性が、何のバフもなく、リアルな重みとして背負っている。
彼女が抱える苦悩は、真司がスキルで増幅させた「感情」そのものだった。しかし、彼女の歌声には、瑠衣の文章にはなかった「本物の才能の輝き」が、まだ燻っているのが真司には感じらる。
彼女はバッグから、真司がデザインしたノクターンのアバターが印刷された古びたタオルを取り出し、顔を覆った。彼女は、自分の夢を叶えてくれた「絵師」の絵を、今、縋るように抱きしめている。
その瞬間、真司の心の中に、彼女の「魂」と彼の「スキル」が再び結びつく、抗いようのない確信が生まれた。
(この人に、俺の力を注ぎ込む。瑠衣の幻想を打ち砕いた、真のエンチャントで、この女性の夢を、もう一度、本物にしてやる。バフは、素材が良い人間に使えば、それは真の才能の解放になるはずだ)
真司は立ち上がった。彼は、ノクターンのアバターではなく、疲弊しきった「中の人」に向かって、静かに一歩踏み出した。
「あの、少し、お話させてもらえませんか?」
彼女は驚いて顔を上げた。フードの奥の瞳は、疲労と不安に揺れていた。
運命の歯車が、静かに、そして激しく、回転を始めた。
Maybe it will continue?
▶▶▶▶▶▶
【作風思案中】
皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。イラスト生成する際の閃きやヒントに繋がります。
宜しくお願いします。
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