第3話・二日酔いには雑炊が染みるな

 次の日の早朝。

 頭を抑えながら階段を降りてきたグラスは、リビングに入ると額にうっすらと汗を浮かべたアルマが朝ごはんを作っていた。


「ダンナ二日酔いは大丈夫かしら?」

「な、なんとか……。悪いが水を取って欲しい」

「わかったわ!」


 アルマは木のコップに水を注ぎ、顔を真っ青にしてテーブル席に座ったグラスの前に置く。

 一息吐いたグラスは水を氷魔法で冷やして、一気飲みをした。


「生き返る。ん? アルマがご飯を作っているのか」

「ダンナみたいに上手くは作れないけど」

「いや、助かる。ありがとな」

「ほんとダンナは優しいわね」


 どこか嬉しそうに頬を少し染めるアルマは、嬉しそうに竈門の方に振り向いた。

 強火の火に包まれた鍋の中にはお米と多めの水が入っており、アルマは蓋を開けて塩を入れて味見をしている。


「今の味付けがいいわね」


 満足した味付けで作れたのか、アルマは台所に置いてある木のお椀に作ったおじやを注ぎ、グラスの前に置いた。

 お米と塩のみのおじやのいい匂いに、グラスは満足そうに笑う。


「美味しそうだな」

「ふふっ、じゃあ食べましょうか!」

「「いただきます」」


 アルマが自分の席に座り、二人分のおじやがテーブルの上で湯気だっている。

 一言挨拶した後にグラスは木のスプーンでおじやを口に含む。

 まろやかなお米に塩味が効いたいい塩梅の味付けで、グラスが目を見開いた。


「お、美味しい……」

「料理上手のダンナに褒めてもらえるのは嬉しいわ!」


 アルマは満面の笑みで、復活したグラスを見つめる。

 暖かい空気感が部屋の中に流れており、二人はあっという間におじやを完食した。


「「ごちそうさまでした」」


 グラスは立ち上がりアルマのお椀や使った鍋をシンクに持っていき、蛇口から水を流してつけ始めた。


「いつも思うけどダンナは片付けに手慣れているわね」

「俺にも色々とあったんだよ……」

「な、なるほど。ダンナが死んだ目になっているから深くは聞かないわ」


 急にハイライトがなくなった瞳で悲しそうにつぶやくグラスに、アルマはドン引きしたのか頬をひきつらせた。

 

「話は変わるが、報酬の換金で商業ギルドに行きたいけど問題ないか?」

「もちろんいいけど、ついでに冒険者ギルドに腕試しに良さそうな依頼がないか探しに行ってもいい?

「俺は荒事は苦手なんだけど……」

「わたしが護衛するからダンナは大船に乗ってなさい」


 荒くれ者が集まる冒険者ギルドにビビるグラスは、アルマが護衛してくれることに心底ホッとした。


「本当に頼んだぞ」

「了解。てか、ダンナだって戦えるでしょ?」

「俺は争い事や戦闘が苦手なんだよ……」


 グラスは顔を真っ青にしながら冷たい水を飲む。

 ヘタレな主人に呆れつつ、頼られているアルマは嬉しそうに笑う。


「ならアルマお姉ちゃんがしっかり護衛してあげるわね!」

「調子に乗ると昨日の酒代を払わせるぞ?」

「ごめんなさい!」


 大きな胸を張ったアルマが、グラスの正論で全力で頭を下げた。


「ったく……。まあ、準備していくぞ」

「はーい! フル装備に着替えてくるからダンナは準備して待っててね」

「お、おう?」


 フル装備と聞いて首を傾げるグラスだったが、アルマが自信満々にリビングから出ていく。


「フル装備ってアイツは冒険者に喧嘩でも売るつもりか?」


 悪い方向の想像が膨らんでいるのか、グラスは頭を抱えそうになりながら立ち上がった。


「……最悪、俺も自衛しないとな」


 少しだけ体を震わせながらも、グラスは自分の部屋に戻って私服に着替えて最低限の装備を身につける。

 その後、革鎧に金属製のバックラーに鋼の剣とナイフを装備したアルマを見たグラスは、嫌な予感が当たりそうと現実逃避した。


 ⭐︎⭐︎

 

 リーンの繁華街にある六階建ての商業ギルドの一階ロビーでは多くの商人が集まり、ギルド職員との商談をしたり、商人同士で情報交換をしている。

 黒いジャケットに灰色のシャツ、黒いズボンに茶色いブーツを履いた私服のグラスは、顔馴染み受付の中年男性・トールと商談のやり取りをしていた。


「またカラザ社で最高評価か。やっぱ、お前の氷魔法は一味違うよな」

「そう言ってくれて嬉しいよ。でだトールさん、今回の報酬は最高評価だから二割り増しでいいんだよな」

「相変わらずガメツイな」

「生活がかかっているから当たり前だろ」


 苦笑いで大銀貨一枚と銀貨二枚を取り出したトールは、カウンターの上にお金を置いた。


「銀貨十二枚だ。ったく、もう少し可愛げのあるやつなら追加してもいいけどな」

「美人受付さんをナンパしたらどうだ?」

「妻子持ちのオレにナンパとか自殺行為をすすめるなよ!?」

「チッ、脅せば報酬が上がると思ったんだけどな」

「おいおい!? 本音が漏れているぞ!」


 男同士のアホな会話をしつつ、グラスはカウンターに置かれた銀貨を胸ポケットの財布にしまう。


「ああ、髪の毛が薄いのになんか悪いな」

「そこで謝るなよ! てか、ナンパなら若いお前の方が……なんでもない!」

「トールさん、言葉には気をつけなさいね」

「ひゃい!? アルマさん、すみません」


 トールが軽口を叩いた直後、アルマが冷たい笑みを浮かべた。

 あまりの威圧感にトールは直立不動になり、冷や汗を流し始める。


「よくわからないが、なんかあったのか?」

「ダンナは気にしなくてもいいわ。それよりもトールさん、何か面白い情報はあるかしら?」

「お、面白い情報……。あ、なんか最近また冒険者ギルドで変な奴らが現れたらしいぞ」

「変な奴らって、個性が強い冒険者ならたくさんいるだろ」


 グラスは不思議そうに首を傾げていると、隣にいるアルマは呆れたようにため息を吐く。


「また濃い人が現れたのね」

「そうそう。でだ、冒険者ギルドの警備や衛兵が働いて牢屋にぶち込んだらしいが、無駄に騒いでうるさいらしいぞ」

「ほんとめんどくさい奴ら」


 濃い人の話をする二人に、グラスは胸が痛いのか力無く手を上げた。


「な、なあ、報酬はもらったし離れたいな」

「ん? グラスはこの後になんか用事があるのか?」

「アルマが冒険者ギルドに行きたいらしいんだよ」

「なるほど……。じゃあまた別日に依頼を受けに来いよ!」

「あ、ああ、トールさんありがとう」


 居た堪れなくなったのか、グラスはアルマの手を引いて受付から離れていく。


「そんなに焦ってどうしたんだ?」

「なんでもない。それよりも冒険者ギルドを見学しに行こう!」

「わ、わかったわ。……今日のダンナは二日酔いのせいでおかしいわね」


 どこか心配そうにアルマはグラスを見る。

 ただ本人は羞恥心でいっぱいなのか、周りを気にせずに商業ギルドのロビーを出て、隣の建物・冒険者ギルドに入っていく。

 すると、黒髪黒目のジャージ姿の少年が、美人受付嬢の前で叫んでいた。


「最強のオレに合った儲かる依頼をよこせ!」

「いやあの、貴方様は先ほど冒険者ギルドに来たばかりで登録もされてませんよね」

「そうかよ! なら、試験を受けてオレの強さを証明してやるぜ!」

「「……え?」」


 黒髪の少年の常識知らずの発言に、冒険者ギルドのロビーに入ったグラスとアルマは固まった。


「アイツが噂の濃い人か?」

「さ、さあな? ただあまり関わりたくないな」

「わたしも関わりたくないね」


 露骨に距離を取る二人と、黒髪の少年を見て面白がってお酒を追加する冒険者達。

 カオスな冒険者ギルド内で黒髪の少年は、顔を真っ赤にして酒を飲んで嘲笑う冒険者に向けて手のひらを突き出す。


「だったらオレの実力を見せてやる! フレイムランス」

「なっ!?」


 黒髪の少年の手のひらに魔法陣が展開されてら中から真っ赤に燃える炎の槍が射出された。

 ロビーのテーブル席でお酒を飲んでいた冒険者達は反応できず固まるが、近くにいたグラスは咄嗟に氷魔法を発動した。


「ったく、アイスロック!」


 グラスが詠唱破棄で発動した『アイスロック』は炎の槍を一瞬で凍らせて地面に落とした。

 自信満々の炎魔法が凍らされたことで黒髪の少年は固まっていたが、冒険者ギルド内にいる警備員二人に肩を掴まれる。


「拘束させてもらう!」

「はっ!? なんでオレが捕まるんだよ!」

「そんなの攻撃魔法を人に向けて撃ったからに決まっているだろ!」


 筋骨隆々の警備員に肩を掴まれて黒髪の青年は奥に連れて行かれる。

 地面に落ちた炎の槍は消え去って氷ともども粉々に砕け散った。


「銀髪のにいちゃんありがとな」

「お助け料は銀貨五枚でいいぞ」

「金を取るのかよ!? まあでも、お前さんに貸しができたな!」

「別に俺は自分の快適さを守っただけだ」


 グラスは心底面倒そうにつぶやいた。

 嬉しそうに笑う三十歳近いスキンヘッドの男性冒険者に絡まれるグラスは、戸惑いながら頷いた。


「あの黒髪、今度ダンナに攻撃したらボコボコにしてやるわ」

「おおう、赤髪の嬢ちゃんはやる気だな……」

「わたしはダンナの護衛だから当たり前じゃない!」


 ドン引きする冒険者達をよそに、真顔のアルマは黒髪の少年が連れて行かれた奥の部屋の通路を睨みつける。

 

「ま、まあ、何も起きなかったし、改めて冒険者ギルドを回ろう」

「……わかったわ」

「冒険者さん、失礼する」

「おう! 二人とも今度あったら一杯奢らせろよ!」


 ニヤリと笑う男性冒険者をよそに、二人はギルド内にある依頼提示板の元に向かうのだった。

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る