氷屋グラスの優雅なサボり方〜元貴族の秀才魔法使いは、美味しい料理と自由のために実力を隠します!

影崎統夜

第1話・朝は銀シャリと赤サケで決まりだ!

 リンガール王国、王都・リーンの第二平民住宅街。

 国所属の魔法士の制服を着こなした金髪赤目の若い女性が、頬を膨らませながら一軒家の前に立つ。


「今日こそはアイツを魔法師団に連れて行ってやる!」


 気合い十分な彼女・リネットは一つ息を吐いた後、家のベルを鳴らした。

 するとガチャリと扉が開き、パジャマ姿の猫背の銀髪青年が玄関のドアを開ける。


「ウチはセールスお断りです!」

「ちょっ、待ちなさいよグラス! アンタは幼馴染の顔も忘れたの!?」

「貴様みたいな自己中は覚えがない!」

「性格の悪いアンタには言われたくないわよ!?」


 朝イチの明るい太陽がリネットの金髪を輝かせる。

 ただ彼女がやっていることは、ただの騒音被害であり、普通にうるさい。

 一軒家のドアの前で繰り広げられる低レベルな争い。

 呆れたグラスが扉に鍵をかけたお陰で、リネットはさっき以上に強くノックを続けた。


「いい加減、国のために働きなさいよ!」

「安月給でやりがい搾取されたくないからお断りだ!」

「アンタだってアタシと同じ男爵家出身よね! それで貴族のプライドがないのはおかしくない?」

「貴族のプライドよりも高級お米の方が大事なんだよ!」


 もはや、優雅な貴族の会話ではない。

 グラスはため息を吐きつつ、そろそろ巡回に来る衛兵を待つために話を伸ばす。


「それに俺は妾の子だからマークス男爵家には必要ないだろ!」

「アナタは自分の才能がどれだけ社会に立つかわからないの!?」

「社会に役に立つよりものんびり生活して美味い飯を食べたいんだよ!」

「この社会不適合者が!!」


 リネットが力ずくで扉を開けようとする中、グラスは即座に氷魔法を使い玄関をガチガチに固める。

 

「これで大丈夫か……」

  

 通常の氷魔法使いよりもかなり手早く氷を生成したグラスは、玄関の中でホッと息を吐いた。

 数分後、住宅街の定期巡回をしていた女性衛兵二人が、呆れたようにリネットの両腕を掴んだ。


「リネット様、あなたの騒音被害は三回目よ」

「は、放しなさい! アタシはあの貴族の恥を連れて行くために来たのよ!」

「「貴族様の恥は無駄に騒ぐリネット様では?」」


 女性衛兵の息ぴったりなマジレスにリネットは固まった。

 そのままリネットは両脇を掴まれて引っ張られて、衛兵のつめどころに連れて行かれた。


「やっと静かになったか……」


 幼馴染の襲撃を回避したグラスは軽く瞬きした後、キッチンに戻って米とぎを再開した。


「やっぱ生米は美しいよな」

 

 リンガール王国の主食は小麦のパンで、お米はあまり流通しておらず、外国からの輸入で手にするしかない。

 釜に入った米をきれいな水で洗うグラスはニヤリと笑う。


「おはようダンナ。おお、今日も米が食えるんだな!」

「アルマおはよ。お前の分もしっかり用意しておくから顔を洗ってこい」

「了解。あ、ダンナ、わたしは大盛りで頼む!」


 身長百八十センチを超える筋骨隆々な赤髪赤目の女性・アルマが、奴隷の首輪を触りながら起きてきた。

 彼女が形だけの主人であるグラスに挨拶した後、あくびをしながら顔を洗いに行った。

 

「奴隷がいるのに自分で食事を作る俺もだいぶ変人だよな……」


 グラスはリンガール王国の飯の不味さを嫌い、自分で食事を作り始めた。

 そのおかげで今ではプロほどではないが、本人は美味しいご飯が作れて満足している。


「よし! これで後は氷を入れてっと!」


 米を洗い終わったグラスは水に浸したお米の中に純度の高い氷を入れ、専用で作った竈門に釜をセット。

 火はついているのでそのまま貿易街で購入した竹の筒で息を吹き始めた。


「飯を作る時と食べる時は生きていると感じるな」


 お米が炊けるまで大変だが、グラスは身支度を整えたアルマの手を借りながら最高の朝ごはんを作り始めた。


 ⭐︎⭐︎


 貿易街で購入したお茶碗には熱々の煙をあげる銀シャリ、木のお椀には野菜とオーグ肉が使われた味噌汁。

 メインは綺麗に巻かれた卵焼きとシャケに似た魚の赤サケの塩焼きのワンプレート。

 テーブル席についた二人は、美味しそうな匂いに涎が垂れそうになりながら合掌した。


「「いただきます!!」」


 リンガール王国では行われないが、二人は『ご飯を食べられること』に感謝の一礼した後、箸を片手に朝食を食べ始める。


「うめぇ!」


 アルマが叫ぶと同時に、熱々の銀シャリが柔らかく溶けていく。

 オカズの赤サケの塩加減もちょうどいいのか、相棒の銀シャリと食べると、フワフワにしっかりとした塩味の焼き魚の最高のハーモニーが口の中に広がる。

 ハフハフと少しだけ熱がっているアルマに、グラスは苦笑いを浮かべながら水が入ったコップを渡す。


「サンキュー! ダンナの飯は金を出しても食べたくなるな!」

「いつも褒めてくれてありがとな。って、相変わらずアルマは食べるのが早いな」

「そりゃ奴隷剣闘士時代は食べなきゃやってられなかったしな!」

「なるほど……。おかわりはいるか?」

「もちろん大盛りで頼む!」


 米粒を頬につけたアルマは反対の席に座るグラスに勢いよくお茶碗を突き出した。

 グラスは苦笑いしながらお茶碗を受け取り、お米をマンガ盛りにして返す。


「……やっぱり一人で食べるよりも仲間と一緒に食べる方が何倍も美味いな」

「ん? ダンナ、なんか言ったか?」

「いや、今日も元気に氷屋として稼ぎに行くぞと呟いただけだ」


 グラスは少し照れくさそうに目を逸らし、アルマはどこか嬉しそうに頬を緩めた。

 幸せな空気感がリビング内に充満する中、味噌汁を飲んでいたアルマがふとつぶやく。


「しっかしダンナは物好きだよな」

「別に自分の行きたいように生きているだけだが?」

「それで貴族の特権を捨てるダンナがすごいぜ」

「俺は縛られるのが大嫌いから自由に生きれて幸せなんだよ」


 貴族の義務と言われる『ノブレスオブリージュ』は、快楽主義で性格の悪いグラスは苦しんできた。

 実家を出る時も当主と揉めたが、グラス本人は特に気せず、熱々の銀シャリを美味しそうに口にした。


「ほんとダンナは変わりもんだな」

「そりゃどうも。でだ、今日もアルマには荷物持ちと護衛として働いてもらうぞ」

「おうよ!」


 追加のマンガ盛りご飯を食べ切ったアルマは、残った卵焼きや赤サケを丸々口に放り込んだ。

 グラスも自分の分を食べ切り、窯の中にお米がないことを確認して席から立ち上がった。


「今日も働きますか……」


 背伸びしたグラスは食器や窯をキッチンの水回りにつけ始めた。

 満足げにゲップしたアルマは嬉しそうに立ち上がり、食べ終わった食器をグラスに渡す。

 そのままグラスはキッチンに置いてあるビー玉みたいな安物の魔結晶を手に取り、一言つぶやく。


「クリーン」


 この一言で食器についた汚れはキレイになり、新品同然になった。

 グラスは砕け散った魔結晶をゴミ箱に捨てて、キレイになった食器を隣の棚に片付ける。


「十個入りで銅貨五枚の使い捨ての洗浄石は便利だな」


 キーワード一つで物が綺麗になる魔結晶・洗浄石の効果に、グラスは満足そうに息を吐いた。

 食器を片付けた後、私服に着替えた二人は家の外に出て戸締りをしっかりする。


「今日はワインセラーの冷蔵室に氷を作るんだったな」

「氷用の水汲みは任せたぞ」

「おうよ! ダンナには泥舟に乗った気分でいてほしいぜ!」

「泥舟なら沈むだろうが!?」


 ニシシと八重歯を出して笑うアルマのボケにグラスは勢いよく突っ込んだ。

 予想通りの反応を楽しんだアルマは、左腰に装備した護身用の鋼の片手剣の手持ち部分を軽く触れた。


「悪い悪い! 大船に乗った気分だな」

「お前な……。まあいい、ワインセラーにいくぞ!」


 いつも通りのやり取りに満足した二人は、笑顔で目的地であるワイナリーを目指す。

 なお、余談だが、女性衛兵に捕まったリネットは、女性用の拘置所で三日間の拘束をされるのだった。


 

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