ぬいぐるみたちの世界

YOUTHCAKE

サメさんのひとりじめだっこ

1.動けないシマノスケ


広いお部屋の真ん中に、巨大なサメさんがいました。サメさんは、このお部屋で一番大きくて、一番強いぬいぐるみです。サメさんはいつも、お気に入りのシマノスケをギュッと抱きしめていました。


シマノスケはサメさんに抱かれているので、転ぶ心配も、汚れる心配もありません。とても安全です。でも、困ったことに、シマノスケは自分で手を振ることも、歩くことも、どこかへ行くこともできません。サメさんの腕が重くて、身動きが取れないのです。


サメさんはいつも優しく言います。「シマノスケや、大丈夫だよ。ここにいれば、ずっと安心だ。外は汚いし、危ないからね」


シマノスケは「はい……」と小さな声で答えるしかありませんでした。


2.助けに来たもちくま


その様子を遠くから見ていたのが、もちくまです。もちくまは、モフモフした体ですが、シマノスケのことが心配でたまりません。


「シマノスケは本当はもっと自由に動き回りたいはずだ。あんなにギュッとされたら、息苦しいだろう!」


もちくまは、シマノスケが笑っていないことを知っていました。だから、サメさんの大きな腕をどかして、シマノスケを助けようと決めました。


もちくまは勇気を出して、サメさんのほうにトコトコと歩き出しました。「サメさん、シマノスケを離してあげてください!シマノスケは自由に遊びたいはずです!」


これは、お部屋のルールを変えようとする、もちくまの初めての大きな挑戦でした。


3.小さなクロシの勘違い


もちくまがサメさんに手をかけようとした、そのときです。


一番小さくて、力も弱いクロシが、慌てて二人の間に飛び込んできました。


クロシは、サメさんがシマノスケを抱きしめているのを見て、「仲良しだな」と思っていました。そして、もちくまがサメさんに大声を出しているのを見て、「もちくまさんが、サメさんを怒らせようとしている!」と勘違いしたのです。


クロシが知っているのは、ただ一つ。「ケンカはダメ! みんな、仲良くしなくちゃ!」という、簡単なルールだけでした。


「ケンカはやめてください!二人とも!争うのは良くないことです!」


クロシはもちくまのモフモフした体に必死にしがみつき、サメさんに近づくのを止めました。


4.サメさんの笑顔


もちくまは怒鳴りました。「クロシ、どいてくれ!これはケンカじゃない!シマノスケを助けるためなんだ!」


でも、クロシは涙目で首を振ります。「ダメです!大きな声を出したら、サメさんが悲しみます!」


このとき、サメさんは何も言いませんでした。ただ、ニコニコと静かに笑っているだけです。


シマノスケは、サメさんの腕の中で、そっと目を開けました。もちくまに助けを求めることも、クロシを叱ることもできませんでした。そして、ポツリとつぶやきました。


「クロシの言う通りだよ。争いは、よくない……」


シマノスケのこの一言で、クロシは「やっぱり自分が正しいことをしたんだ」と安心してしまいました。


もちくまは、小さなクロシに邪魔されて、シマノスケを助けることができませんでした。


お部屋はまた静かになりました。サメさんはシマノスケを抱きしめ続け、クロシは自分が「平和」を守ったと思って幸せでした。


でも、シマノスケだけは、相変わらずサメさんの大きな腕の中で、身動きが取れないまま、遠い窓の外を見つめているのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぬいぐるみたちの世界 YOUTHCAKE @tetatotutit94

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画