第1話 出会い 後編
――聖遺物を狙う者
その夜。
サクラは修行を終え、少しずつ魔力の制御に慣れてきていた。
廃神社での鍛錬の成果か、桜の花びらの光は以前より安定している。
(……少しは戦えるようになった、かな。でも、まだ――)
そんな思いを抱えながら街を歩くと、不穏な気配が漂ってきた。
胸元の勾玉が熱を帯び、鋭く脈打つ。
「……来た」
走ってたどり着いたのは、古い公園。
ブランコの前で、一人の女性が立っていた。
長い黒紫の髪を夜風になびかせ、銀の瞳が冷たく輝いている。
「……魔法少女?」
サクラは息を呑んだ。
その姿は怪物ではない。自分と同じ、少女の姿をした戦士。
女はゆっくりと振り向き、妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふ……あなたが最近現れた新顔? ずいぶんと可憐なお花ね」
その手には黒い鎌。刃は月明かりを吸い込むように鈍く光っていた。
「わ、私に何の用……?」
サクラが問いかけると、女は鎌を軽く振り回しながら答える。
「名乗っておきましょう。私は――カレン=ノクティス。
目的はただ一つ。各地に散らばった“聖遺物”を集めること」
「聖遺物……?」
「知らないの? 古代から封じられた力の欠片。
魔物が吸収すれば手がつけられない化け物になり、
一般人が持てば理性を失って凶暴化する危険な代物よ」
サクラは思わず一歩後ずさる。
(そんな危ないものが……!)
カレンは愉しげに微笑む。
「今夜はこの街にひとつ眠っているの。取りに来ただけ……邪魔さえ入らなければね」
「……させない!」
サクラは杖を構え、光を解き放つ。
花びらの光が夜空を舞い、カレンを包もうとする――が。
「甘い」
闇が渦巻き、光をかき消した。
次の瞬間、影の分身が四方に現れ、サクラを取り囲む。
「なっ……!?」
背後から爪が迫る。咄嗟に杖で受け止めるが、衝撃で膝が崩れた。
(強い……! 怪物と全然違う、まるで人間の技!)
カレンは冷酷に笑う。
「“絆”だの“希望”だのと叫ぶ魔法少女? くだらない幻想よ。
私が信じるのは力だけ。聖遺物があれば、世界は私の思うがまま」
「そんなの、許さない!」
サクラは叫び、渾身の力で花びらを解き放つ。
しかし影の分身は消えず、幾重にも彼女を追い詰めていく。
その時――
「――下がれ」
低く鋭い声。札がひらりと舞い、サクラの前で爆ぜる。
光の結界が展開され、分身が弾き飛ばされた。
「ミコト……!」
屋根の上から銀髪の狐面の少女が飛び降りる。
サクラの前に立ち、鋭い視線をカレンに向けた。
「またお節介が出たわね」カレンは鼻で笑う。
「影の同士? いいわ、まとめて消してあげる」
闇と光が激突する。
サクラは震える手を握りしめ、ミコトの背中を見つめた。
その姿は冷たくも頼もしく、彼女の胸に新たな決意を芽生えさせていた。
(私も、負けられない……! ミコトに守られるだけじゃなく、隣に立ちたい!)
――教室に咲く桜と銀髪
翌朝。
サクラは眠い目をこすりながら、机に突っ伏していた。
昨夜の戦いで身体はまだ重く、肩にはじんわりと残る痛み。
頭の中では何度も、カレンの冷たい笑みがよみがえってくる。
(……やっぱり全然かなわなかった。私、本当に強くなれるのかな……)
憂鬱な気分で顔を上げると、目の前には窓から差し込む朝日。
その光に照らされて、隣の席に座る転校生――ユノカの横顔が浮かび上がっていた。
銀髪のウルフカットがさらりと揺れ、紅と青のオッドアイが教科書を静かに追っている。
「……」
サクラは思わず見とれてしまった。
同じ教室にいるのに、どこか遠い存在のように感じる。
心の中でため息をついた瞬間、ユノカがちらりと視線をこちらに向けた。
「……何か?」
「ひゃっ!? な、なんでもないですっ!」
慌ててノートに視線を落とす。顔が赤くなるのを必死で隠しながら、心臓が早鐘を打つのを感じた。
授業が始まると、クラスはいつもの賑やかさを取り戻す。
後ろの席の友達が小声でサクラに話しかけてきた。
「ねえねえ、隣のユノカさんってすごく大人っぽいよね。サクラとは正反対?」
「し、失礼だなぁ……」サクラは小声で返す。
(でも確かに……私と違って堂々としてるし、何考えてるか分からない雰囲気あるよね)
昼休み。
クラスメイトたちはお弁当を広げ、思い思いの場所で過ごしている。
サクラは窓際で小さな弁当箱を開いたが、箸が進まない。昨夜のことが気になって仕方がないのだ。
(もしまたカレンが現れたら、私…勝てるのかな)
そんな彼女の前に、静かに影が差した。
「隣、いいか」
「えっ……ユノカちゃん?」
銀髪の少女が淡々とした表情で立っていた。
サクラが戸惑っていると、ユノカは当然のように椅子を引いて座る。
「一人で食べているようだったから」
「そ、そうだけど……」
言葉が詰まる。
ユノカは迷いなく弁当を広げ、静かに食べ始めた。
その所作は丁寧で、どこか巫女のような凛とした気配をまとっている。
沈黙。
気まずいと思いつつも、サクラは我慢できずに口を開いた。
「ねえ、ユノカちゃんって、なんでこの街に来たの?」
ユノカの箸が一瞬だけ止まる。だがすぐに淡々と答えた。
「……家の事情だ」
「ふーん……」
短いやり取り。だがサクラの胸は妙にざわついた。
(本当はもっと別の理由があるんじゃ……?)
放課後。
サクラは帰り道、友達に誘われながらも断り、一人で歩いていた。
ふと振り返ると、少し離れたところにユノカの姿が見える。
偶然にしては出来すぎている気がして、サクラは思わず声をかけた。
「ユノカちゃん! 一緒に帰ろうよ!」
ユノカはわずかに目を見開き、そして小さく頷いた。
「……ああ」
二人並んで歩く帰り道。
夕焼けに染まる街を背に、サクラは少し勇気を出して言葉を紡ぐ。
「ユノカちゃんって、なんだか……強そうだよね」
「……根拠は?」
「雰囲気? いつも落ち着いてるし、なんでもできそうだし」
ユノカはほんのわずかに目を伏せ、夕陽に赤く染まる横顔を見せた。
「強さとは……そう簡単に手に入るものではない」
「え?」
「お前もいずれ分かるだろう」
その言葉に、サクラは胸がざわついた。
彼女が本当は“影の同士ミコト”だとまだ知らない。
けれど、確かに心のどこかで感じていた。
(ユノカちゃんと一緒にいると、安心する……でも、それ以上に、なんだか不思議な力をもらえる気がする)
沈黙の中で、二人の足音だけが夕暮れの街に響いた。
日常と非日常の狭間。
サクラの心に、小さな絆の芽が確かに育ち始めていた。
――学園に潜む聖遺物
翌朝。
学園の中庭では、花壇の花々が陽光に揺れ、学生たちの笑い声が響いていた。
サクラは友達と並んで昼休みを過ごしながら、ほんの少し前までの戦いが嘘のように感じていた。
「サクラ、昨日は元気なかったけど、もう大丈夫なの?」
「え? あ、うん……ちょっと寝不足で……」
曖昧に笑ってごまかす。
まさか「敵の魔法少女に負けて傷を負いました」なんて言えるはずもない。
だが胸元の勾玉は、ときおり脈打つように光り、心を落ち着かせてはくれなかった。
(……なんだろう、このざわざわした感じ。まさか、学園の中に……?)
午後の授業。
教室の空気がどこか落ち着かない。
廊下の窓ガラスが細かく震え、机の上のペンがかすかに揺れる。
「地震……?」
誰かが声を上げた瞬間、サクラの胸の勾玉が強烈に光を放った。
同時に、教室の空気が一気に重苦しく変わる。
「な、なにこれ……苦しい……!」
生徒たちが顔をしかめ、ざわめきが広がる。
(間違いない……聖遺物だ! この学園の中に……!)
サクラは立ち上がりかけて思わずユノカを見た。
彼女は変わらぬ冷静さで窓の外を見つめている。
その横顔には一切の動揺がなく、まるで――何かを待っているかのようだった。
放課後。
異変はさらに顕著になった。
体育館の裏庭で、不自然に膨れ上がった影が蠢いているとの噂が広まり、生徒たちが怖がって立ち寄らなくなった。
サクラは胸の勾玉を握りしめ、人気のなくなった廊下を駆け抜ける。
(やっぱり……あそこだ! 聖遺物の気配が強い!)
体育館裏に辿り着いた瞬間、空気が凍り付くように変わった。
影の塊が脈打ち、そこに落ちていたのは――古びた装飾の短剣。
まるで持ち主を求めるように、異様な力を放っている。
「これが……聖遺物……!」
だがその刹那。
影が蠢き、短剣を飲み込むように取り込んだ。
瞬間、獣のような咆哮が響き渡り、巨大な異形が姿を現す。
「ま、また魔物に……! 誰かが触ったの!?」
鋭い牙と爪、短剣が角のように頭部に突き刺さった怪物が、狂ったように暴れ出す。
校舎の窓が砕け、生徒たちの悲鳴が遠くから響いた。
「……変身!」
サクラは人目を避け、校舎の影でペンダントを掲げる。
花びらの光が舞い散り、制服が桜色の戦闘服へと変わる。
杖を握りしめ、怪物の前に飛び出した。
「私が止める……! サクラ=ミラージュ、行きます!」
光の花びらが嵐のように舞い、怪物へと降り注ぐ。
しかし、短剣を取り込んだ影は力を増しており、光を弾き返した。
「なに……効かない!?」
反撃の爪が迫る。必死に杖で防ぐが、衝撃で吹き飛ばされ、背中を打ちつける。
「うぐっ……!」
立ち上がろうとするサクラの耳に、静かな声が届いた。
「……また無茶をしているな」
振り返ると、校舎の屋根の上に、狐面をつけた影――ミコトが立っていた。
風に銀髪を揺らし、札を指先で弄びながら。
「ミコト……!」
「立て。お前がこの学園を守るんだろう」
短く放たれる言葉。
サクラは必死に息を整え、震える膝を支えながら再び立ち上がった。
「うん……負けない……!」
ミコトの札が怪物の足元に突き刺さり、結界が展開される。
動きが鈍った一瞬を逃さず、サクラは杖を掲げた。
「――幻花閃光!」
桜の光が奔流となって怪物を包み込む。
短剣が眩い輝きに砕け散り、闇の塊は霧のように消え去った。
荒い息を吐きながら、サクラは杖を下ろす。
胸の奥がまだ震えていた。
(やっぱり私だけじゃ勝てなかった……でも、守れた。学園を……!)
屋根の上のミコトが、ただ一度頷いたのが見えた。
その姿に胸が熱くなり、サクラは小さく微笑んだ。
「ありがとう、ミコト……」
魔法少女エターナルリンク 月影レイン @rachel10315010
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