第6話 夜をまとう

「おう、その顔は危機を脱したようだな」


再び眠りについたティールはしばらく起きないだろう、そのうちに用事を片付けようとヴィクトルは、ギルド長の執務室に足を踏み入れる。


机に腰掛け、書類をさばいていた男は、ヴィクトルの姿を認めるとクマの色濃いなまじりを下げた。


冒険者ギルド直営、上級冒険者宿舎。

その造りは独特だ。


4階建ての建物に、1階と2階は階段で繋がり、それぞれ受付や食堂、ギルド長の執務室、書庫、個室と続く。


が宿舎部分となっている、3階、4階には窓はあっても外へと繋がる階段がない。

完全にそれぞれ独立しているのだ。


出入りするには、ギルド長の執務室直通の部屋の転移陣からしかいけない。


そして宿舎の存在は、A級冒険者以上の他、ギルド長、副ギルド長、運営に携わる一部のギルド職員のみしか知らされず、外観も2階建てに擬装の魔法が施されている徹底ぶりだ。


緊急依頼や極秘任務など、宿とギルドを行き来する手間をなくし、セキュリティの面でも強固にした形だという。


欠点と言えば、最低限の簡素な造り、くらいだろうか。寝るだけなら特に困らない。


街には他に、商人、上級冒険者向けの高級宿も貴族向けの宿泊施設もあるので、適材適所だろう。


ーーティールを1人おいて、側を離れることは絶対に避けたかった。


本来、存在を秘匿するために同行者ー護衛対象も含めーと言えど、一般人の宿舎利用は禁止されている。

ギルド長にかけあったところ、なぜか快諾してくれたのだ。


「ああ、恩に着る。助かった」


ギルド長とはそこそこ付き合いが長く、ヴィクトルは素の口調で返す。自分はそれほど、顔に出てただろうか。


「お前、ここに来た時以来、上に籠りきりだったぞ。何日経ったと思ってる」


届けた食事は食べていたから生きてただろうが、と疲労の色を漂わせ男はため息と共にガリガリと頭をかいた。


「……それは、すまない」


時間の感覚が、かなりなかったようだ。


食事が置かれていることにヴィクトルが気づいたのは、血の飲ませた後、ティールの体温が戻り始めた辺りだった。それまでは生きた心地がしなかった。


「で、用件は?連れが居ないのを見ると、すぐにまた上へ戻るんだろう?」


「そうだ。まだ、しばらく部屋を借りたい。……それと」


言ってから胸ポケットからハンカチを取り出し、広げる。コロンと出たのは、壊れたあのピアスだ。


「これと似た、魔力過多症を抑える魔道具を探してもらいたい。言い値で買わせてくれ」


魔力過多症の子供の生存率を高めるために、安価なものはある程度、国が支援していて平民でも買える。


求めるものは、それよりも高価なものだ。

ティール暴走具合からみて、流通しているものは気休めにもなりそうにない。


今は自分が身に着けていたリングで代用しているが、あれもピアスに比べれば幾分、質が落ちるのだ。


ティールが回復後、リングだけでは心もとない。予備が欲しい。


「あー……。それな。届いてるぞ」


ちょっと待て。と、鍵付きの引き出しからギルド長が取り出したのは手紙と小箱3つ。


「先に断っとくが、俺はお前を売ってはいないからな?お前が来るより先に、SSから全ギルドに緊急通達が来ていたんだよ。A級の銀髪冒険者が少女を連れてギルドを頼った場合、助けるように。それから助けた支部はSSへ秘匿通信を送るようにってな。知ってるだろ、SS級は冒険者ギルドと対等の関係なんだよ」


「SS級……?」


ーー世界に何人も居ないと言われるSS級の冒険者が自分を名指し?しかもギルドを訪れるより前に、だと?


その疑問はすぐに解消された、渡された手紙、その筆跡だ。




《適切に扱え。二度はない。肝に銘じておけ》




容赦の無い簡潔な文の筆跡は、彼女の父ローグル公爵の物だ。


箱を3つ全て確認する。


濃く澄んだ青の魔石が嵌められたピアス。


水晶のように透き通る魔石とピアスと同じ青の魔石をあしらったネックレス。


銀に黒のラインが入ったリング。


全て魔道具だ。


ピアスには、以前のピアスよりも強固な魔力封じの機能。ただし、使用者が意図すれば強弱をつけれるようになっていた。


ネックレスには、全耐性の守り術式が組まれている。


ピアスとネックレスは女性らしいデザインで、ティールに向けてなのが分かる。

またネックレスには、公爵家の家紋である薔薇と龍があしらってあった。


そしてーー。


「っ、おい!!!」


自分に宛てただろうリングを試しに着けてみる。

ぶわりとヴィクトルの溢れた魔力に、ギルド長がとっさに焦りの声を上げた。


「すみません」


予想よりも強化が強く、目を閉じて力を抑えると、リングのつけ心地を確認するように手を開いたり閉じたりする。


「お前、その髪……」


疲労が増した顔で冷や汗を拭い、ギルド長は声をかける。

どうやら変化の方も、問題が無さそうだ。


「こちらのリングは、強化と変化の魔道具のようです。これから普段はこちらの、黒髪の姿で。言葉使いもこちらでいこうと思います」


ヴィクトルがにこりと微笑むと、「これだから顔の整ってるヤツは……。貴公子からインテリにジョブチェンジかよ」と、なにやらギルド長はぶつくさ言っている。反論はないらしい。


今回のリングと同様に、前のリングも公爵からだ。


お嬢様に拾われた、魔力枯渇時の黒髪の姿を維持しろと、ただの執事であれと、ずっとそう言われていると思っていた。


魔力持ちであることを隠せと。


だからこそ、今までは冒険者としては本来の銀髪で。

普段は、黒髪の執事としてお嬢様の側にいた。


けれど、今回リングはそうではない。

"黒髪のまま"力を隠さず、ティールに全力で仕えろと示していた。

その証拠に、リングにも公爵家の家紋が入っている。

自国であるオルド国でなら、公爵家所縁の者として身分証にもなるだろう。


どうやら以前のリングは、ティールのピアスが壊れる、万が一に備える意味もあったのかもしれない。


常に先をみる公爵らしい。

公爵の身でありながら、SS級の冒険者。


元々SS級は、謎に包まれている。

A級と執事の二重生活をする自分でさえ、異質なのに。

……身近に居たと言うのに、少なくとも自分はその片鱗さえ聞いたことがなかった。



今まで表だって、公爵がティールに何かをしたことはなかった。


でなければ、後妻があそこまで自分勝手にのさばったりは出来なかったろう。


そして、隠すことをやめたということは、公爵家だけでなく、オルド国自体も何かが変わるのかもしれない。


公爵と対面した時に感じた、娘への父としての姿を思い出す。


言われるまでもなく、自分はティールの側を離れるつもりはない。


窓に映る自分の顔、夜の帳よりもなお深い夜を思わせる漆黒の髪、覗く金色の目はさながら月光のようだ。


決意を新たにしていると、ギルド長が頬を赤らめ唾を飲み込んだところでーー目があった。

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