第4話 帰る場所

「えー今日、みんなに転校生を紹介する

 さぁ、入って」


 先生に促され、ルシルが教壇に立つ。

 まだ制服がなかったため、昨日と同じ白ワンピースを着ていた。


「昨日の子だ」

「転校生だったのか」


 吏倫のクラスメイトたちが、コソコソと話し始める。


「墨崎ルシルさんだ

 日本の文化を学びに、単身で日本に来たようだ

 親元を離れて、寂しさもあるだろう

 みんな仲良くするように」


 ルシルが深々と頭を下げると、クラスメイトは拍手を送った。


「墨崎、いとこなら何かと話しやすいだろ

 学校のこと、色々教えてやってくれ

 それで、昨日ばっくれた反省文のことは不問にするぞ」


 窓際に座る吏倫は、しょうがないかと言った様子で、うーすと答えた。

 ニコニコと顔を綻ばせたルシルが、吏倫の隣に座る。


「よろしくね」


 おうとだけ言って、元に戻った右腕を見ていた。

 指輪を外すと簡単に、右腕は元の姿へと戻った。

 今も学ランのポケットの中に指輪はしまっていた。

 吏倫とルシルの間に、少し気まずい空気が流れる。




 それは、昨晩起こった出来事が原因だった。


 ルシルの圧に押され、結局、吏倫は彼女を家に連れていくことになった。

 自然に考えれば、見ず知らずの少女を、家で住まわせることを両親が許しはしないだろうと鷹を括っていた。

 父と母に反対されれば、さすがのルシルも別の手段を考えるだろう、と思っていた。


「別にいいぞ」


 四人掛けの食卓で、父・智也はあっさりと許諾した。

 顎にたくわえた髭を撫でながら。


「どこでこんな別嬪さん、見つけてきたの?」


 エプロンを身につけた母・由佳里は、じっとルシルを眺めていた。


「ちょっと待てよ

 そんな簡単に受け入れられるのかよ」


 向かい合って座る吏倫は納得できずにいた。

 彼を宥めるように父は返す。


「困っている人をほっとけないだろ

 お前だってそうだったから、その子を助けたんじゃないのか?」

「それは、そうだけど…」


 目線を落とし、自分の中途半端な行動を悔いていた。


「気にするな

 お前は自分の思う正しいことをしたんだ」

「でも、お金のこと、食費とか学費とか、そんな簡単なことじゃないだろ」


 エプロンを脱いで、母が席につく。


「もちろん、吏倫の言う通り、簡単なことじゃないね

 お金くださいって言えば、もらえるわけでもないから

 私もお父さんも、もう少し仕事頑張らないと」

「そんな無理しなくても」


 吏倫が立ち上がる。

 母は温もりに満ちた表情で、首を横に振った。


「私たちは吏倫がそうやって人のために、動いてくれたことが嬉しいの

 だから精一杯、サポートさせて」


 真剣な両親の眼差しに、言葉を飲み込み、もう一度座る。


「そんなに気になるなら、お小遣いは少し減らすことにするからね」


 母の意地悪な笑みに、ハハっと力のない笑いを漏らす。


「ルシルちゃんはどう?

 こんなうちでもいいかな?」


 母の目線は、吏倫の隣に座るルシルへ切り替わる。


「こんなじゃ、ないです」


 彼女の声は震えていた。


「心温かいお家に受け入れてくれて、ありがとうございます」


 大粒の涙を流しながら、ルシルは必死に答えようとしていた。


「でも、甘えるように上がり込んですみません

 何でもお手伝いします」


 ルシルが泣いている理由は、吏倫には見当が付かなかった。

 けれど、彼女の底抜けの感受性がそうさせているのかと思った。


 母が駆け寄り、涙を拭うようにハンカチを渡す。

 受け取ったルシルは、ゆっくりと息を整える。


「二人がいいなら、俺は別に何も言わないよ」


 頬を伝って涙は襟元へ流れる。

 そんなルシルへ向け言葉を紡ぐ。


「悪かったよ

 俺はずっと断る言い訳ばっかしていた」

「ううん、そんなことないよ

 私こそ図々しくてごめんね」


 互いに微笑み合うと、吏倫はその声色を変える。


「湿っぽいのもなんだし、ご飯食べようぜ」

「そうだな」


 父がそう答えると、全員が手を合わせて、いただきますと声を合わせた。


 夕飯後、風呂に入った吏倫は二階の自室に行く。

 すると、そこにはなぜか、ルシルが部屋のカーペットの上に座っていた。


「お前、何でここに?」


 ルシルはキョトンとしていた。


「お母さんから聞いてない?

 お部屋がまだ片付いてないから、今日は吏倫の部屋で寝てって」


 聞いてないぞと胸中で母へのツッコミを浮かべながら、拳を握る。

 我に返った吏倫は、ルシルへ目線を戻す。


「お、お前はいいのかよ、俺の部屋でも」

「うん、一緒にいたいし

 部屋もずっと別々じゃなくていいのに」

「俺が困るから、別々で」


 被せるように、吏倫はそう告げた。


 二人の間に数秒の沈黙が生まれる。


「やっぱり、いいお父さんとお母さんだね」


 先に口を開いたのはルシルだった。


「あぁ、俺の誇りだよ

 だから迷惑かけたくなかったんだ」

「そうだよね、ごめん」

「お前が悪いって言いたいわけじゃねぇんだ

 俺が勝手に首を突っ込んだわけだしな」


 また、二人の間に気まずい空気が流れる。

 今度は吏倫が話し始める。


「父さんと母さんはさ、昔、貧しい国のボランティアをやってたんだよ

 困っている誰かを助けるのは、当たり前だってずっと思ってんだ

 俺はそんな二人を心から尊敬してるし、二人みたいになりたいって」

「だから、何の迷いもなく、私を助けてくれたんだね」


 吏倫は道着を着た、一人の青年を思い浮かべた。


「まぁ、それだけじゃないけど、俺にとっては、人助けは当たり前のことなんだよ

 何か理由がないとしちゃいけないことじゃない」


 しゃがんでルシルと目線を合わせる。


「だからさ、そんな気にすんなよ

 父さんと母さんが許したんだ」


 その目には、まるで子どもを見守る親のように、温かな慈愛が宿っていることをルシルは感じていた。


「ありがとう、吏倫」


 ルシルの表情は今もまだ少し暗い。

 そんなルシルに詰め寄り、頬をつまんだ。


「なに、なに?」

「うちに来たこと後悔してんのか?

 そんな暗い顔するより、笑っている方がいいぞ」


 ルシルの瞳孔が丸く、そして大きくなる。

 途端、ハハハと明るい笑いを部屋中に響かせた。


「本当にありがとね、吏倫

 あなたに会えて良かった」

「俺にとっては、今日だけで散々だけどな」


 笑顔を取り戻したルシルから、手を離すと吏倫は立ち上がった。


「でも、ルシルといると面白いな」

「あ、今ルシルって」


 くるっと背を向けて、ルシルに今の自分の表情を見られまいとした。

 しかし、吏倫の耳が赤くなっていることまでは隠せていなかった。

 それを見たルシルはまたニコッと笑った。


 小さくある言葉を呟く。

 しかし、赤く染まった吏倫の耳にまでは届かなかった。

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