第2章 召喚と覚悟

 ――光。視界の全てを埋め尽くすような、眩い光に包まれた。浮遊感と、世界が裏返るような強烈な眩暈。

「……っ!」

 次に幸長が目を開けた時、そこは見慣れた自室の天井ではなかった。重厚な石造りの壁。床に描かれた複雑怪奇な幾何学模様の魔法陣。そして、ゆらめく松明の炎。制服姿のまま呆然と立ち尽くす幸長の目の前には、豪奢なローブを纏った老人や、全身を鎧で固めた男たちが並んでいた。

「……どこだ、ここ……?」

「よくぞお越しくださった、異界の勇者殿」

 威厳のある低い声が響く。声の主は、歴戦の古強者といった風貌の騎士だった。顔に刻まれた深い皺と、鋭い鷲のような眼光。彼こそが、火の国の騎士団長ギデオンである。

 状況が飲み込めないまま、幸長――異世界での名は「セト」――は、国王の前へと導かれた。そこで語られたのは、信じがたい話だった。この世界には「闇の竜」という脅威が復活しようとしていること。そして、それを阻止するために異世界から勇者を召喚したということ。

「どうか、我らに力を貸していただきたい」

 国王が頭を下げる。

「待ってください! なんで俺なんですか!? 俺はただの高校生だ! 勇者なんて無理だ! 日本に……元の世界に帰してください!」

 セトは悲痛な声を上げた。剣道の腕には自信がある。だが、それはスポーツとしての剣道だ。命のやり取りをする戦いなど、想像もつかない。

「それはできぬ」

 国王は静かに首を振った。

「この召喚の儀は、偶然に誰かを呼ぶものではない。遥か昔、我々の世界を救った『最初の勇者』……その血を引く者だけを、時空を超えて呼び寄せるのだ。貴殿は、運命によって選ばれたのだ」

「俺の……先祖が……?」

 その言葉に、セトは息を呑む。脳裏に焼き付いている、祖父の言葉がフラッシュバックする。『空の向こうにある世界で戦った、すごい侍』 『その人の血には、竜の星の記憶が流れとるんじゃ』

 あれは、ただの御伽噺ではなかったのか。俺の体には、本当に、この世界を救った英雄の血が流れているというのか。

 ズゥゥゥゥン……!

 突如、城全体が激しく揺れた。悲鳴が上がる。壁の一部が崩れ落ち、噴き上がった黒い瘴気の中から、異形の影が姿を現した。闇の竜の復活が近づいている影響で、封印の歪みから魔物が城内に侵入したのだ。

「キシャアアアッ!」

 魔物が、逃げ遅れた王女に向かって跳躍する。鋭い爪が、無防備な背中に迫る。

「あぶないっ!」

 思考するよりも速く、セトの体は動いていた。近くにあった儀仗用の剣をひったくり、床を蹴る。剣道で培った鋭い踏み込み。現代の競技場では決して味わうことのない、命を燃やすような瞬発力。

 ――間に合え!

 セトは魔物との間合いを一瞬で詰めると、渾身の力で剣を振り抜いた。ガキィンッ!  鋼と爪が激突し、火花が散る。セトの一撃は魔物の軌道を逸らし、その体を弾き飛ばした。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 荒い息をつきながら、セトは自分の手を見つめる。震えはなかった。むしろ、剣の柄が掌に吸い付くように馴染んでいる。

「な……なんでだ……? 頭で考えるより先に、体が……!」

「見事な剣技だ……!」

 ギデオンが目を見開き、感嘆の声を漏らす。

「それは、血に刻まれた勇者の魂か……!」

 セトは顔を上げ、震える王女の姿を見た。恐怖に怯える人々の顔を見た。そして、体勢を立て直して威嚇してくる魔物を見据えた。これは夢ではない。ゲームでもない。守らなければ、失われる命がここにある。

『いつか誰かを守らにゃならん時が来たら、きっと体が勝手に動くはずじゃよ』

 祖父の言葉が、確かな重みを持って心に響く。道場の教え。血の宿命。それらが一本の線で繋がった時、セトの迷いは消え失せていた。

 セトは剣を正眼に構え、魔物を見据える。その瞳には、もはや怯えの色はなかった。

「……分かりました」

 セトは誰に言うともなく、しかし力強く宣言した。

「これが俺の運命だというのなら……逃げるわけにはいかない。俺が、この世界を救う勇者になります」

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