年上に見える23歳と年下に見える36歳
なめ茸ゆゆ
第1話 朝ごはん
オートミール三十グラムに水を二百ミリリットル。ラップをかけて、電子レンジで二分三十秒。その間にソイプロテインを振る。この瞬間はノリノリであることが大切です。まだ朝日も昇らず、ブルっと震えてしまう季節。寝起きの体を目覚めさせるのにはなかなかに楽しい動きです。ピーピーピーと急かしてくる電子レンジに
「もー急かさないでくださいよ。すぐに行きますから」
と声をかける。
「ちょっと待ってくださいねー。卵だけ先に溶きますから」
そう言って、冷蔵庫から卵を取り出し、ボウルに卵をポトンと割入れる。箸でかき混ぜるこの瞬間は料理をしているんだぞ!という気持ちにさせてくれるので柊ことねは大変満足な気持ちになります。
ピピッピピッ!
「あぁもう!ちょっと待ってくださいよ!」
パタパタとスリッパを鳴らし、キッチンミトンを手にはめ、急かしてくる電子レンジの口をがぱっと開きます。あつくなーい。あつくなーい。と思いながら耐熱皿に入ったオートミールをテーブルに置きます。先程溶いた卵をオートミールに注ぎ、再びラップをして一分。ピッ、ピッ、ゴー。任せろとばかりに電子レンジはうなりを上げ始めます。その間に、再び冷蔵庫から卵を取り出し、同じ作業。一分加熱された卵入りオートミールにさらに卵をドボン。それからまたまた電子レンジで一分。加熱後にお好みでキムチや納豆を乗せれば、ことね特製のオートミール雑炊の出来上がりです。
時刻は午前五時十五分。時間通りに物事が進み、にっこりと微笑みながらことねはソイプロテインに口をつけます。リビング以外に明かりのついていないこの部屋はまるで自分が今この世界に一人だけだと思えるような静けさをしています。時々聞こえる「んがっ!」やら「んあー」やらに耳を傾けなければの話ですが。
午前五時四十五分。ことねは洗面台で身支度を整えます。といっても洗顔やら化粧水やら乳液やらを適当にバシャバシャとして歯を磨いてからのお化粧です。ことねは化粧の時間があまり好きではありませんでした。ビューラーに瞼を挟んだり、眉毛が上手に描けずにうがー!となったり、アイラインが上手く引けずにぬあー!となったりするからです。アイラインを引くときに鏡に映る自分の目がなんとも凛々しくなっていることに一人でフフッと笑ったり。あまり好きではないといいながらもなんだかんだで楽しんでいるのが柊ことねです。
前髪を気にするのが面倒なことねはスタイリング剤でバッと前髪を上げます。オールバックではなくセンターパートのような髪型になります。風が吹いてもバッとかき上げればそれっぽくなるこの髪型がことねは気に入っていました。
『え?髪型変えたんだ?前のも可愛かったけど今のも働くお姉さんみたいでさいこー!』
しかし、気に入っている一番の理由はこの言葉だったりします。
化粧やら髪やらをしている間に、あっという間に午前六時四十五分。コーヒーをいれることねは、もうすぐ起きてくるであろう同居人の存在に少しそわそわしていました。本を開き、あくまで落ち着いているぞという雰囲気を醸し出していることねが読んでいるのは【コーヒーは百薬の長!?毎朝コーヒーを飲み続けた底辺会社員が独立するまで】これを読むことによってことねはカフェインに依存している自分を肯定しているのです。
午前七時十五分。ことねはなかなか起きてこない同居人に不安と焦りを覚えていました。え?あの人一時間くらい化粧に時間かかるよね?何時くらいに家出てるんだっけ?もう起こしたほうがいいよね?そんな考えをぐるぐる巡らせながら寝室に向かうと、そこにはベッドから起きかけて力尽きたぐったりぬいぐるみのような姫野あすみがいたのでした。
◇◇◇
「もうちょっと早く起こしてくれても良かったんじゃなーい?ことねさんよ」
ふてくされた顔でテキパキと身支度を整えるあすみ。あすみのお小言をコーヒーを飲みながら聞き流すのがことねでした。
「おいおいことねさんよー?しごでき女子のコーヒータイムは絵になるが、もうちょっと遅刻しそうな私にエールを送ってくれたりはせんのかね?」
七時十五分。あの時間にことねがあすみを起こせていればあすみはバタバタテキパキと準備をする必要はありませんでした。時間ギリギリとはいえそれなりのゆとりのある時間での出勤が可能なのでした。しかし、それができなかったのはことねの声の小ささと人見知りが故のものだったのです。
「いやいや。いつも緊張しながら朝起こしてくれることねはかわいいさ?でもね、ことね?声が小さいのよ!それもかわいいけど!目覚ましよりも小さい声でどーやって起きろとぉ!?それかキスで起こしてくれよ!ディープキッスで!」
ただでさえ小さい顔なのにいったいどこを削ってるんだい?という勢いで シェーディングをしながらあすみはことねに文句を言っていました。
「それなら、ちゃんと目覚ましで起きてくださいよ。というか目覚ましかけてますか?私、音とか聞いたことないんですけど。」
「かけて、、、かけてるはずだよ!後で確認するよ!多分六時とかにかけておりますわよ!」
言い訳をしながらも、コーヒーに口をつけていることねはなんて官能的なんだろうと考えるあすみをよそに、ことねはコーヒーをゆっくりとテーブルに置いて言いました。
「かけてないですよね?」
「うっす」
ことねは洗面台で化粧も済ましてしまいますが、あすみはいつも、コーヒーを飲んでいることねの前で折り畳み鏡を広げて化粧を始めます。立って化粧をしないと上手くいかないのがことねで、座って化粧をしないと上手くいかないのがあすみです。
「というかことねはいい加減、人を起こすのに慣れたほうがいいね。彼女に朝だよーおはよー。ちゅーって起こされるのが恋人の醍醐味というものじゃないかね?」
「無理ですよ姫野さん。私は実の母でさえ起こすのに数十分の勇気がいります」
「ぐっすり眠ってる邪魔をしたくな、、、いっ、、、つ、、、いんだねことね、、、お姉さんことねの優しさに涙しちゃうわ」
そう言ってあすみは左目を押さえていました。
「ビューラーで瞼挟みました?」
「痛いよねー」
◇◇◇
午前八時四十五分。ことねは玄関に、あすみは化粧の途中で泣きわめいていました。
「ねぇー!いつもいつも置いてってさぁ!同じテナントなんだから一緒に行こうっていつもいってるじゃん!」
「それで遅刻はまっぴらなんですけど」
あすみはメイクブラシで時計を指しながら言いました。あすみの趣味で買った意味の分からない前衛美術のような時計の針はパッと見で何時を指しているのか全くわからないのでした。
「歩いて十分じゃん!ことね九時半出勤じゃん!三十分前には職場ついてるよ!?なにしてるのさ!?」
「読書?」
「家でやれよー!本屋さんで本読んでさー!天職かよー!というかなんだよその本!コーヒーのうんたらかんたら!意識高いのかおバカなのかなんなんだよ!」
「早くしないと本当に遅刻しますよ」
「うわーん」
そうしてことねは靴を履き、玄関ドアを開くのでした。閉じる瞬間に「人でなしー!」と聞こえたような気がしましたが特に気にはしませんでした。ガチャリと施錠も完璧です。
◇◇◇
あすみの朝ごはんは数分もかかりません。冷蔵庫にあるエネルギー補給できり大変便利なゼリーをガッと開けて胃に流し込むだけですから。それをことねに自慢げに話すと
「それはあくまで補助ゼリーです!朝ごはんはちゃんと食べないと自律神経終わりますよ!あ、もう終わってますね」
と、呆れられたのが、あすみはなんだか少しうれしく感じたのでした。それだけ自分のことを心配してくれてるのかな?と思うと幸せな気持ちになります。かといって「今日朝ごはん抜いちゃった☆彡」なんていうとグーパンチが飛んでくるということもしっかり経験済みなのが姫野あすみなのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます