◆菊水の村◆
茶房の幽霊店主
第1話 ◆菊水の村◆壱
※(店主の体験談です)
※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)
亡き祖母との思い出。
おばあちゃんが話した怪談・壱。
※※※※※
私は祖母と山で過ごす夏休みが楽しみでした。
両親は最初の数日だけを祖母と過ごし、
仕事があるからという理由で後は私を残して帰ってしまいます。
母方の祖母との山暮らしは夏の約1カ月。
あまりに山深いので、経費が掛かりすぎると業者も入ってくることがなく、当時は村人たちが植林した木などを川に流して出荷していたようです。
昔は炭焼き小屋もあったそうですが、今はもうなくなっています。
※※※※※
祖母の座右の銘は『働かざる者食うべからず』で、母が家事をしないで学校へ行くと、玄関の前でずっと仁王立ちしていたそうです。
農業をしながら5人の子供たちを養い、祖父が病で世を去ったときも、まだ若いからと周りの親戚は子供を全員施設に入れて再婚しろと促しましたが、誰一人手放さず女手一つで育て上げた強者です。
奥山から下りてきたイノシシに襲われ谷へ落ち、そのまま川の水面で浮いていた所を山菜とりをしていた村人に発見され一命を取り留めた際、
イノシシの牙が太ももに刺さって大出血していても『オロ〇イン塗ってたら治る』となかなか病院には行かなかったので、村の何人かで説得して治療を受け12針縫ったこともあったそうです。
母にとっては怖ろしい祖母も、
私にとっては頼りになる【ワイルドなおばあちゃん】でした。
※※※※※
祖母の手伝いは苦ではなかったのですが、今までしたことがないことがほとんどでした。
『川の端っこでこの笹の束を流されないよう、石で周りを囲んできてくれ。あと、スイカを冷やすからこの網に入れて、石でちゃんと押さえてくるんやぞ』
頷いて家のすぐ近くにある川まで駆け下り、川の石で楕円を組んでその内側へ紐で縛った笹の束を慎重に並べたので、設置に成功しました。
次はリュックに入れて背負っていたスイカを、網に入れて川の中で固定しようと必死でした。しかし、浅瀬とは言え流れがかなり強く、あっという間にスイカは網ごとさらわれて、大きな流れに乗って流されてしまいます。
追いかけようとすると、
『行ったらあかん!その先は滝つぼになってるさかい、そのまま流しておけ』
様子を見に来ていた祖母の声で川から上がりました。
『スイカはまだある。井戸でも冷やすからもうええで』
叱られるかと俯いていたのですが、祖母は咎めることはしないで体を拭くタオルを渡してくれました。
※※※※※
笹の束は一晩置いて朝に行くと、朝には透明な体を持った川エビが獲れます。このエビと山菜を一緒に混ぜて作ったかき揚げは絶品で、その美味しさはいまだに超えるものがありません。
田んぼの草引きでは、両足を熱を持った泥へ突っ込んで作業をしましたが、山から吹き下ろされる少し冷えた風を受けると元気が出てきます。
木の上から降ってくるヤマビルとは違う、チスイビルがたまにいることもあるのですが、足を噛まれても愛煙家の祖母がジッポライターでセブンスターに火を点け、一回吸ってからジュッとヒルを焼いて落とし、踏みつぶして始末してくれるので、びっくりしたのは最初だけでした。
噛み跡がかゆいのですが、後でしっかり井戸水で洗って薬を塗りました。
※※※※※
祖母は布団を並べて横になりながら、
『怖い話したろか』
と、怪談を話し始めるので、私はこれが楽しみでした。
『今日は猫とぼんぼんの話や』
うちの村に昔金持ちの大きい家があったんやけど、そこの子がある日、仲間の何人かと小さい野良猫を何度も蹴って、最後は縊り(くびり)〇した。
でも、だぁれも何にも言われへん。親も叱ったりせえへん。
みんなその金持ちの家に仕事をもらったり、金貸してもろたりしてたんや。
その夜から2週間、金持ちのぼんぼんは学校に来なかった。
仲間の何人かも学校におらんかった。
最初はみんな気にもしてなかったけど、
椅子がずっと空いてるから『何かあったのか?』とひそひそ噂話が回ってきたんや。
金持ちの子もその仲間も、高熱を出して、
寝てる部屋の障子にでっかい猫の影が映っているって親に言うてたと。
『猫が部屋に入ってくる!猫、入れんといてくれ!』
ニャアオ、ニャオ、ニャオォ、ずっと鳴き声が朝まで聞こえて、
昼間はどうもなくても、
夜にはまた首が絞まり喉が渇き、腹の痛みでのたうちまわって猫の声に怯え続ける。
ようやく仲間の数人はげっそりやつれて、這うみたいにして学校に来た。
でも、金持ちのぼんぼんは来んかったんや。
村のみんな大きな屋敷の近くに様子を見に行った。
もしかしたら、葬式だすことになるかもしれんとな。
そしたら、門からぼんぼんがヨタヨタッと出てきて、『なんや、どうもなかったんやな』と村人が帰ろうとしたんやけど、その子は変な中腰で手をぎゅーっと丸めた形で胸の前に置いて、
『にゃああああああ、にゃあああああ』と奇妙な声を出した。
高熱で脳炎になって全身を焼かれてしもたんやな。
手だけやなくて、体のあちこちが動かなくなってしもて、まともに話せなくなってたんや。
その後、ずっと引きこもって家から出て来なかったんやけど、なんか火遊びしたみたいで、屋敷は燃えてなくなった。
家族も燃えて亡くなった。そんな話や。
『ええか、人間は一番やない。生き物は怖ろしいで、ちゃんと向かい合わないとえらい目に遭う』
=つづく=
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