30 【天聖】ヴァシリ・ヴァルバロッサ①
お前の終わりは決まってるよ。
知らなくてもいいことばかりだ。
それでもお前は知りたいのか?
定まった運命を知らされて、それでもなお生きていけると?
──いいぜ。
ヴァシリ・ヴル・バルバロッサ。
ダークエルフの姫。
遥か先の本編で無惨に凌辱されるお前に全てを話す。
運命が変わるか変わらないか、俺がそれを知ることはないだろうけど、やってみなよ。
もしもお前が運命を変え、魔王軍との戦いを生き延びられたら……
そうなれば、俺がこの世界に生まれた意味もあるんだろうな。
────
──
────
ヴァシリ・ヴル・バルバロッサ。
人類が大陸に進出しておらず、亜人種が大陸の支配者であった時代に生まれたダークエルフの姫は日々の生活に退屈していた。
これよりも遥か太古の時代に存在したエルフ原種とも呼べる者達が、魔と多く接触して枝分かれしたのがダークエルフである。
立ち位置としてはモンスターに近いが決して話の通じない敵ではなく、エルフやドワーフなどの種族との交流も行われている程度の距離だった。
比較的大きな士族であるバルバロッサの里に生まれたヴァシリは、幼い頃から好奇心旺盛で行動力の化身で勝手に森に入り込んでは側近を困らせる問題児であり、その日も教育の合間に抜け出して森へ足を踏み入れていた。
落ちた枝や葉を使い、木の上に作った秘密基地。
もし仮に家の者がそんなところに潜んでいるヴァシリを見れば叫ぶだろうが、何もかも与えられてばかりで自分から何かを得ることが出来ない彼女にとって初めて自分で作り上げたもの。
そんな秘密基地にウキウキしながらやってきたヴァシリは、思わず目を見開いた。
そこに広がっていたのは──崩壊した秘密基地。
倒木を削って作った床材。
支えとして色々考えながら試行錯誤した柱に保護色で見えにくいように色を塗ってある梯子。居心地を良くするために自作した椅子と机、雨風をしのぐための壁──全部、全部地面に墜落していた。
『な、な、なッ……!』
わなわな身体を震わせながら、彼女は周囲を見る。
強風が吹いた?
エルフの仕業か。
だが、近隣にエルフが来たと言う情報はない。
獣がやった?
否、森の獣はここに近寄らない。
ダークエルフは森の支配者だ。
匂いの染みついているここに寄ってくることはまずない。
では、一体なにが?
怒りに打ち震え必ず下手人を裁くと誓いながらヴァシリが残骸へ近寄る。
材質にまで拘り手塩にかけた家具が粉々に砕けている。
相当な威力のものがぶつかったに違いない。
上を見れば、辛うじて残っている部分もある。
だが決して生活できるような環境ではない。
床に使用していた木が一本残っている程度では、雀の涙ほどだ。
『お、おのれぇ……!』
ヴァシリ十五歳。
身体は大人に近付いていても、まだまだ子供だ。
エルフ種は寿命の長さから繁殖も緩やかで、全体の総数は増えていても微々たるもの。里の中でもヴァシリと同年代の男ダークエルフは一人しかおらず、婚姻させるような格でもないためその内百歳ほど離れた相手に嫁ぐだろうと言われている。
花嫁修業もしているが、ヴァシリにとっては退屈極まりない。
そんなことをするのだったらこのように、自分でやりたいと思ったことをやっていたい。
長めの反抗期に突入しつつある彼女に、この出来事は到底許されざる行為である。
苛立ちを抑えきれぬまま残骸を纏めようと手を伸ばした時、気が付く。
痕跡がある。
正確には足跡のようなものだ。
ただ足のようなものではなく、大きさも人間と変わらないが指がない。
足先が丸い形で整った足跡を見つけたヴァシリは、迷いなくその方向へと進んでいった。
獣のものとは明らかに違う足跡。
いくら幼くともこの里に住んでいるのだから、どんな生き物がいるのか知っている。ダークエルフの姫として優れた魔力を持つヴァシリは、そんじょそこらの獣に後れを取ったりはしない。
(何者かは知らんが……不届きものは討つ。よくも私の秘密基地を……!)
苛立ちながら、しかし音を出さないようにゆっくりと足を進めていく。
森と言っても背の高い草はなく、慎重に歩けば音を出さずに歩いていくことも可能なくらいだ。土が露出する部分もあり、足跡が刻まれていることから他種族の密偵というわけでもなさそうに思える。
そのまま歩き始めておよそ三十分ほど。
森の中ほどまでは行かずとも、慣れない者であれば道に迷ってもおかしくないような場所まで足跡は続いている。
(……何が目的なんだ?)
ここまで来ると、最早ダークエルフとしては関係がなくなってくる。
里からの距離は遠く、ここまで足を踏み入れるのは狩人くらいのもの。
ここから先に行ったところで森が続くだけで何もない。
それを知っているからこそ、ヴァシリは疑問に思った。
やがて、足跡の感覚はどんどん短くなっていく。
疲れたのか歩幅が減少しているのだ。
獣でもなければ、森を歩きなれた人でもない。
一体なにが待っている?
普通、姫という立場であり箱入りであるヴァシリはこのような行為をするのは憚られる。
もしも彼女がほんの少しでも冷静だったのならば、ここで足を進めることはなかった。
だが、ヴァシリは姫でありながら生活を退屈だと思っていて、与えられるものよりも自分で試行錯誤する方が好きだった。
だからこそ、ここで進んでしまう。
進むことが出来てしまった。
(────何がいるんだ?)
彼女の知識に思い当たらない何か。
人でもなく、獣でもなく、だが秘密基地を壊してしまうような何か。見たことのない未知があるのではないかと浮足立つ心を抑えられぬまま、ヴァシリは足を前に出す。
そして──辿り着いたのは湖畔。
ヴァシリすらあまりよく知らない、獣の水飲み場に過ぎない場所に、それはいた。
見たことのない服。
見たことのない靴。
見たことのない髪色。
見たことのない顔つき。
何一つ、ヴァシリの知識と合致しない様相の男は、ヴァシリを見て呆然としていた。
『…………えっ。え、エルフ……?』
『……お前、何者だ?』
『お、俺はヨハン。迷宮で転移トラップ踏んで……気づいたらこんな場所に』
(……迷宮。聞いたことはある。西方にあるんだったか)
恐らくこの男がヴァシリの基地を壊した張本人。
エルフでもドワーフでもない謎の男。
普通なら里に突き出されるところを──ヴァシリは、そうすることを選ばなかった。
『エルフって、この世界にもいたんだなぁ』
『む? どういうことだ?』
『あ。……あー、いや、俺の住んでる場所だとエルフなんて見たこと無いから』
『……ほう。よくエルフを知ってたな?』
『あ、いや、えっとその、エルフは見た目が整ってるって聞いてて……あと耳! 耳が尖ってるって聞いたことがあった!』
(……こうも露骨に怪しいと、疑うのもバカバカしいか)
何かを誤魔化しているのはわかる。
だが、「嘘ついてます」と言わんばかりの態度で慌てて弁明する男を責め立てる気にもならない。
明らかにこの里の出身ではない男。
見た目も同族と違い醜く個性がある。
なにより心惹かれたのは、迷宮という単語。
里の大人は皆外に出たことなどほとんどなく、唯一行商を行う者が出ていく程度。里で産まれ里で育ち里で暮らし里で朽ちる。それが絶対であり、不変のもの。
ヴァシリはそれが退屈だった。
籠の中に閉じ込められている様で、外の世界が広がっているのにも関わらず、誰も外に出て行こうとしないのだから。
あまつさえ自分は姫であり、いずれ里の誰かと子を作らねばならない。
そうなったら外に出ていく事だって難しい。
──そんな未来は、嫌だ。
だが、どうすればいいかわからなかった。
外に興味はあるが、何も知らずに飛び出すほど愚かではない。
外に行きたいのではなく、外も里も含めた世界を知りたい。
それがヴァシリ・ヴル・バルバロッサの願いだった。
『…………おい、ヨハンとやら』
『お、おう。なんだよ……』
『お前、生きて帰りたいか?』
『帰りてぇよ! なんだよ急に怖ぇよっ!』
『なら、少しの間私に付き合え。里には伝えないでおいてやる。私はな、外のことが知りたいんだ』
当然、この男が悪人である可能性もある。
箱入り娘だからといって何も知らない訳ではないのだから、警戒はしている。
『お前はこの湖畔で少しの間暮らす。私はその間お前に食事の提供をする。互いに話をしてお前が帰れると判断した時、帰ればいい』
『……まあ、ここがどこかもわかんねえし……仕方ないか』
男──ヨハンはため息交じりに呟く。
『決まりで良いな? 私の基地を壊したことは不問にしておくから、これからよろしく頼む』
『おう。……んで嬢ちゃん、なんて名前なんだ?』
『私はヴァシリ。ヴァシリ・ヴル・バルバロッサだ』
『ほー。ヴァシリ…………』
ヨハンは名を聞いて、じっくり噛み締めるように考えたあと、もう一度聞いた。
『すまん。ヴァシリ……?』
『ヴァシリ・ヴル・バルバロッサ。一応、長老の娘だ』
『…………ダークエルフ……ヴァシリ………………』
何度かぶつぶつと呟いた後、ヨハンは──大きく息を吸って、吐いた。
『…………なあ、ちょっと聞きたいんだが』
『ふむ。まあいいぞ』
『エルフの信奉する神様って、エスペランサ?』
『……お前、本当はエルフの知り合いでもいるんじゃないのか?』
『いねえよ。マジか……よりにもよって、あの同人リョナ世界だったのかよっ……!! 道理で女冒険者がエロい目に遭いやすいと思ってたら……!!!』
『????』
ヨハン──後に〈知識〉を授けし転生者とのファーストコンタクトは、とても平和な始まり方だった。
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