23 【勇者】アリアンロッド・モーナ③
『アリア? 今日も起きれなさそうか?』
『……うん。ごめんね』
『いいよ。師匠には俺が言っとく』
同じ部屋で寝るフィンがベッドを整えてから部屋を出ていく。
フィンの顔を見ると、あの光景が目に浮かぶ。
泣き叫び血を吐きながら、折れた両手足で懸命に立ち上がる。立ち上がって、構えた瞬間突き刺さる拳。顔を殴られ、折れた足を蹴られ、絶叫と共に倒れ込み、腹部に追撃の蹴り。
あれが修行?
まさか、そんなわけがない。
アリアがヴァシリに〈聖剣〉の動かし方を学ぶ時は、とても慎重で丁寧なものだ。
〈聖剣〉の齎す力は常人のそれを超えているため、被害を生まないために細心の注意を払っている。
体術も教わり始めているけど、あんな風に痛めつけられたことはない。
あんな、あんな──
(──あんなのは…………)
ぶるりと身体を震わせる。
寒気がして、布団の中に包まって目を閉じる。
それでも、瞼に焼きついた光景が忘れられない。消えていかない。
『ぎゃああああああああっっ!!!』
『あがあああああッ!!? ごええええっ!!』
『うげっ!!? ごえぇっ!!』
『っ……ぅ、ぷ……』
心臓が苦しくなって、吐き気がする。
身体が震えて指先が冷たい。
何よりも恐ろしいのは、フィンが、まるで何事もなかったかのように振る舞っているところだ。
もし自分があんな風に殴られて、蹴られて、折れた足を更に蹴られて、平然としていられるだろうか。
無理だ。
前は、転んで膝を擦りむいただけで泣いてたことだってある。
アリアは勇者になる運命を持つが、今はまだ、ただの村娘で少女にすぎない。腕が折れて、足が折れてもなお立ち上がるフィンの精神性が理解できるわけがなかった。
(──怖い。こわいよ、フィン……)
あれだけの暴力を振るえるヴァシリも。
あれだけの暴力を振るわれているフィンも。
勇者という、“特別”に選ばれてしまった自分の未来も、何もかもが恐ろしかった。
フィンは“特別”になるために、あんな目に遭っている。
ヴァシリは将来、あれよりも酷い目に遭って死ぬらしい。
それじゃあ、私は?
私がいい未来を選べなかった時、一体どうなるの?
極度のストレスで寝付けていなかったアリアは、一人ベッドでうなされていた。
夜。
フィンが眠りについた後ヴァシリに連れられたアリアは、リビングでホットミルクを飲んでいた。ほのかに甘みのあるそれは、村では貴重な砂糖が加えられている。
『最近、眠れてないのは……フィンのことか?』
ヴァシリの問いに頷く。
『そうか、見てしまったか……』
それに対し彼女は悩ましげな表情で呟いた。
アリアは、正直なことを言えば、この状況が恐ろしかった。
ヴァシリ・ヴァルバロイは信用に値する人物だが、あの力がアリアに向けられたらと思うと正気ではいられない。アリアの精神性は未だ幼く、ただの少女であるのだから。
『フィンにはアリアのような才能はない。彼は決して“特別”になれるような人間ではないし、そんな運命もない。だから、彼が本気で私達のようになりたいというのなら、死ぬほどの思いをせねばならないんだ』
『……なんで、そこまでするの?』
『……さて。どうしてだろうね』
そう言って、ヴァシリはホットティーを飲む。
『一つ言えることがあるとすれば、フィンの覚悟くらいのものだ』
『覚悟?』
『そうだ。私とて鬼じゃない。ああなることはわかっていたから、フィンにはやめておけと何度も伝えた。彼の両親にだって何度も何度も、死ぬかもしれないんですよと言ったさ。だけど、フィンはそれでもいいと言った。そうしなければならないのなら、やるんだと。そうしないと、君が一人になるから……そう言ったんだ』
『──わたしが……?』
『そうとも。フィンは、他でもない君のために努力しているんだ』
なんで?
アリアは心底理解できなかった。
両親のために頑張る気持ちならわかる。
でも、ただの幼馴染で、自分を殺しかけた相手のためにあんな目に遭い続けるなんて、正気じゃないとすら思った。
『君は勇者で特別。世界の運命を担うほどの特別だけれど、心はそうじゃない。……全く、フィンの方がアリアのことをよく理解してるよ』
『わたしの、ことを……』
『ああ。……そうだな、明日、二人で話してみるといい。休養日にしよう』
ヴァシリは寝床に行くようにと促し、アリアも頷いた。
部屋に戻れば、寝息を立てているフィンがいる。
魘されてもおらず、心地よさげに寝ていて、今日も同じように痛めつけられていたのにそれを全く感じさせない様子。
ヴァシリは、アリアを“特別”だと言う。
フィンは“特別”にはなれないと言う。
でも、アリアからすれば、フィンは“特別”だと思った。
『……どうしてそんなに強いの?』
フィンは答えない。
ヴァシリに言われるがまま、アリアとフィンは二人家の中でのんびりしていた。
フィンは軽く身体を動かしたが休んでいいと言われてすぐにだらけた。
ゴロリと日の当たる場所で寝転がって心地よさそうにしている。
(……ど、どうすればいいんだろ)
アリアは、そんなフィンの背中を見ながらどうすればいいかと困っていた。
元々フィンと一緒に遊びに行く程度には仲が良かったのだが、ここ最近の一連の流れですっかりギクシャクしている。フィンからはこれまで通りの対応をされているのが余計彼女が萎縮する原因となっており、もはやフィンに対してどんなことを言えばいいかもわからなかった。
『アリア』
『へ! な、なに?』
『こっちこいよ。きもちいいぞ』
『あ……う、うん』
とはいえ、折角の申し出を断ることもない。
恐る恐るフィンの近くによって、日が差し込んでいる場所に腰を下ろした。
『…………あったかいね』
『きもちいいだろ』
『うん』
『ラクになったか?』
『ぇ……うん。ありがとう……』
『きにすんな』
そう言ってフィンは目を瞑る。
アリアは、驚きを隠せなかった。
確かに最近眠れないし、胸がギュンギュンして苦しいし、それと同時に呼吸も辛かった。
(……わたしのこと、心配してくれたのかな)
日の光を浴びて少し気が紛れたのか、彼女は少しだけフィンに身体を近付けた。
そのまま少し、フィンの寝息が立たない程度の時間黙った後、アリアは口を開く。
『……ねえ、フィン』
『んー?』
『どうして、そんなに頑張れるの?』
『……あ。もしかして、見られてた?』
『……うん。ごめん』
あちゃー、なんて言いながらフィンが身体を起こす。
『そっか。はずかしいな』
『恥ずかしい? なんで?』
『なんでって……ふつうに? アリアもあんなところみられたくないだろ』
あんなところ。
脳裏に浮かび上がる、凄惨な光景。
自分があんなふうになっている姿を、フィンに見られる。
(……ぇ、う、うーん。なんか、へんな感じ……)
『それに、おとこのがんばる姿は見せないほうがいいんだってさ』
『それは……ちょっとよくわかんないかも』
『そう? おれはアリアにかっこよくみてほしいけどな』
『かっこよく……』
(かっこよく……)
アリアが思い浮かべたのは、フィンが一緒に特別になると宣言した日のこと。
『ちぇっ。でも、“とくべつ”になろうとするのはいいんでしょ?』
『……えっ。フィンが?』
『うん。アリアだけだとたいへんだろ。おれもなってやるよ』
(……あの時はかっこよかったなぁ。……あれ?)
座ってだらけるフィンを見る。
今とあの時、どちらも大差ないように感じる。
かっこいいと思ったのはどうしてか?
アリアにはよくわからなかった。
『ぇ、っと……フィンは、どんな姿でも、フィンだと思うよ?』
『……おお。ほんとか?』
『うん。だってフィンは、かっ……』
『…………?』
──かっこいいよ。
そう言おうとして、アリアは、言えなくなった。
フィンと目が合う。
幼馴染で、アリアが殺しかけてしまって、なのになぜか一緒に“特別”になると言って厳しい修行に耐えて、その理由がアリアを一人にしないためだと言った男の子。大変な筈なのに気を遣ってくれて、今もこうして一緒に日光浴をして少しでも楽になればいいと言ってくれる、幼馴染。
自分のために。
ヴァシリの認める“特別”な自分と一緒になるために、あんな思いをしてまで隣にいてくれる、幼馴染。
ただ一言口にするだけ。
かっこいいよ、父にだって言ったことある簡単な言葉だ。
お父さんかっこいい。
同じだ。
フィンはかっこいい。
同じ……
(……あ、れ。なんだろ。なんか、すごい……へんかも)
『……かっ、こ、いぃ……よ?』
『……わかった。もっとがんばる』
顔を直視できず背けながら言った言葉をフィンがどう受け取ったのか。
アリアはその後の記憶がない。
ただ一つ覚えてるのは、目を覚した時、微笑ましい表情で一緒に寝転がる自分達を見つめるヴァシリがいたこと。
そして、その視線が妙に恥ずかしくて、その日からフィンを相手にへんな対応ばかりするようになってしまったことだ。
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