15 【リリーガーデン】と【払暁】②
クロエとは冒険も運命もないごく普通の出会いをした。
俺は金等級冒険者として森の深部に行く必要があった。
彼女は一人の冒険者として森の浅層で採取クエストをしていた。
そして、その森で偶然スタンピードが起きた。
モンスターに襲われる寸前で彼女を助けられた。
ただそれだけの話だ。
だから名前は聞いてたがそれ以上でもそれ以外でもない。
単なる同業者に過ぎないのだ。
「おう、フィン。そなた、話してないことが多いのではないか?」
つんつんカルラが突いてくる。
「そうよねぇ。貴族のお嬢さまを華麗に助けた英雄ですものねぇ」
つんつんアストレアが突いてくる。
マリアンヌはニコニコ笑顔だが裏があるように見えてしょうがない。
い、いやいや。
マリアンヌは〈聖女〉だぞ。
この笑顔の裏に闇があるなんて信じない!
闇のマリアンヌは俺の心にだけ住んでいるドS聖女なんだ!
「いや、あの後結局全員集まって対処したじゃないか。マリアンヌだって人助けしてるが、わざわざそれを言いふらしたりしないだろ?」
そもそもこちらは仲間に嫌われたくない一心で娼館童貞すら捨ててないピュアピュア純粋十九歳だぞ。
助けた時はフードが取れて綺麗な顔立ちが見えていたが、逃げろと言って名前だけ言われたのでそれきり。逆によく覚えてたと褒めて欲しい。貴族に関わるべからずの鉄則に従い、どう見ても貴族っぽいなと思い関わらなかったのだ。
「ふーん……で、どうなの?」
「フィンさまの仰っている通りですわ」
クロエは苦笑して答える。
先日シャルロットが囲まれてた時は怯えていたが、彼女は落ち着いている。
「命の恩人に対し礼もせず誠に申し訳ございません。ただまあ、その、殿下と一緒にいることから察して頂けると思いますがわたくしは名ばかり貴族ですので」
「クリアール伯爵家と言えば、南方の穀倉地帯に領地がありますよね? とても名ばかりとは思えませんが……」
「……後妻に嫌われてるんです。幼馴染の婚約者も妹に取られた、情けない女ですわ」
「あー、やっぱ人間もそういうのあるんだ……」
呆れた声でアストレアが言う。
「エルフもそうなんですの?」
「私の場合はハイエルフだから王族、そこの王女と同じ立場ね。幼馴染は居たけど妹と婚約結んだから私はノータッチ。里のことは姉妹に任せて好きにしろって言うから外に出てきたのに、叔父に執着されてんのよ」
「お、叔父さま……」
アストレアのこれ、何度聞いても闇が深い。
叔父はないよ叔父は。
兄の娘とかそういうことだろ?
うげぇ……
「里に閉じこもってるからそうなんのよ。血は濃ければ濃いほどいいんですって」
「……もしかして、アストレアさまは【魔弓の射手】の親族ですか?」
「ああ、それ姉」
「…………すご。白金等級の姉と金等級の妹って、エルフはどうなってるの……?」
あー、前に言ってたな。
白金等級冒険者パーティー【星天】の遠距離担当。
【天聖】が直々に誘ったメンバーで、地平の彼方から狙撃が出来るとかなんとか。その種は多分アストレア同じく風で遠く離れた場所も知覚できるとかそう言う感じなんだろう。
きっとアストレアと同じく初見の人間に冷たく厳しい人だ。
弓を使うってあたりファイン(弓使いドSエルフ)と同じに決まっている!
遠く離れた場所から獲物の手足を狙い撃ち、必死に逃げる獲物を背筋が凍えるような冷たい笑みを浮かべて追跡し力尽き逃げることすら出来なくなってから木に括り付けてじっくりナイフで解体するんだ。
ぐ、ぐうっ、なんて恐ろしいんだ!
やって欲しい! アストレアッ、お姉さんに俺を紹介してください! 人類代表サンドバッグの座は俺のものだ! アストレアの風とお姉さんの矢、どちらが俺の心臓を貫くかな?
「ま、エルフには色々事情があんのよ。二千年生きてる爺さんとかいるしね」
「二千年……それはすごいな」
殿下が呟く。
えーと、一人の寿命が大体五十年くらいだろ?
二千年ってのはそれの……よ、四十倍?
人間換算で四十世代に渡って続いてるってことか。
すげえ壮大な話だ。
それ自体がお伽話みたいなものじゃん。
「これは無礼にあたるかもしれないが、アストレア殿は今どれくらいの年齢なんだ?」
「……人で言えば、二十歳前後」
「つまり二百歳くらいですね」
「マリアンヌ? なんで言ったの?」
「俺たちの中だとアストレアばあばと呼ばれている」
「呼ばれてない! ぶっ飛ばすわよ!」
あぁんッぶっ飛ばして欲しい、無慈悲な風で!
でも親しみやすいからな、アストレア。
敬うのは結構だが、不用意に信奉するようなことをすると態度が急変するので是非それはやめていただきたい。同族のエルフに対する態度とかね、もう本当に酷い。初期のアストレアを思い出すもん。
俺たちのやり取りに緊張が和らいだのか、【リリーガーデン】の娘達は皆笑っていた。
殿下はもちろん、最初は妙に顔を引き攣らせていたクロエもだ。
良かった良かった。
俺の仲間は本当に誇らしい奴らだからな。
怯えられて不当な評価をされるのはあまり喜ばしいことではない。マリアンヌは最近恐ろしいのではないかという疑惑が俺の中で湧き上がっているが、やっていることは聖女そのもの。孤児院を毎週訪問して経営の手伝いとかしてるって聞くし、俺もたまに一緒に行ってるからどれだけ子供達に愛されてるかはよくわかってる。
アストレア弄りにも乗ってくれるしね。
なんだかんだ俺達だけが一からのスタートだったから、強い絆がある……俺はそう信じたい。
こ、これでマリアンヌが俺以外の男と付き合ってたらどうしよう!
もう俺、死にたくなっちゃうよ!
冒険者初めて二人で仲間に追いつけ追い越せでやってきたのにぽっと出の男に奪われたらもうどうすればいいんだろッ! 見せつけられたら泣きながら絶望と歓喜の雄叫びする自信がある。
頼むマリアンヌ。
俺以外の男と付き合わないでくれ。
付き合った場合はとことん俺のことを見下して「あなたのことは男性として見ていないんです」とバカにしながら宿に入っていく姿を見せつけてくれ。そうじゃないと、俺はおかしくなってしまうから。
「……えっと、どうしました?」
「いや、マリアンヌとは息が合うと思っただけだ」
「う、うふふ。そうですか。私もそう思います」
かわい〜。
マリアンヌは可愛いよね。
アストレアとカルラは美人だから、マリアンヌとはちょっと違う魅力だと思う。
ほっぺを突くと、くすぐったそうに身を捩る。
よし、嫌われてないな!
『言えないだけですよ』
闇のマリアンヌ……
君が言うのならば、真実なのかもしれない。
もしそうなら俺はどう償えばいいのだろうか。奴隷になります。犬と呼んでください。おうコラッテメェら聖女様が通るぞ道を開けろ!
「ほーう、特別扱いか。流石は
「私達を踏み台にしようったってそうはいかないわよ……!」
「ふ、二人とも! 揶揄わないでくださいっ!」
マリアンヌは二人に飛びかかられてもみくちゃにされている。
うーん、美人三人の絡み合い……素晴らしい!
俺も混ぜてくれ!
そう言い出せたらどれだけ良かったか。
言い出したら終わる──いくらドマゾでも、破滅するとわかっている道に足を踏み入れるような愚行はやらない。
イエスマゾ、ノータッチ。
冒険者は好きに生きる気風があれど、他人を思いやれないような奴は人間として失格なのだ。えっ、致命傷くらいまくって心配されるのはいいのかって?
これは業務上起こりうることだから。
仕方ないことだから。
俺は……俺は悪くない!
仕事と趣味を両立してるだけだ、何が悪い!
幼馴染だって趣味で人類救ってるんだしそれと一緒じゃねえか! 何がダメなんだよッドマゾは生きてちゃいけないのか!?
『魔と同じで消えて欲しいですよね』
言い過ぎだろ……
「ねね、フィンさん」
「……ルシールだったか」
「うん。ちょっと聞きたいことがあってさ」
そう言ってから、彼女は青みがかった髪の毛先をくるくるしながら言う。
「人違いだったら申し訳ないんだけど、数年前に北方山脈に行く途中の森で怪我人拾ったことない?」
「ああ。氷の森林か?」
「そう! あの時は助けてくれてありがとねっ」
「気にするな。困った時はお互い様だろ」
「おお……いいねそれ。ことわざ?」
「地元で流行ってたんだ」
地元(村)。
都会に出てきた時俺の使ってる言葉が通じないことがあってびっくりしたからな、マジで。そんな言い回し知らねーよって何度言われたことか。
頑張って矯正したけどその時の影響で口数も減って本音が出にくくなって結果良ければ全てよしって感じだ。これもあんまりこっちじゃ使われてない言い回しになる。
ルシールはわちゃわちゃしている三人を見ながら、コッソリ耳元に口を寄せて囁いた。
「本当にありがとね。私に出来ることならなんでもお礼するから」
──なんでも……?
いや、ていうか待てよ。
そもそもこの娘、あれだよな。俺が人生で一番最高だったフィン・デビュラぐちゃぐちゃ事件の行き道で偶然出会った娘だよな?
よく覚えてたな……
言われるまで忘れてたって!
また美人局か?
また罠なのか?
貴族の言うなんでもって怖いよぉ! 殿下もそうだけど一体どういう意図で言ってるのかさっぱりだもん! 本当になんでもいいならこの鞭と蝋燭を俺に使ってもらおうかと叫ぶが、そんなこと貴族に言ったら速攻で死刑になるかもしれないんだぞ。
何も言えねえって。
「そういうことは、一緒になる男に言え」
「フィンさんはどう? 私じゃだめかな。これでも貴族の端くれだよ」
「俺は平民だからな。身分社会は遠慮しておく」
「ちぇっ、振られちゃった」
「他にいい男は腐るほどいる。いつ死ぬかもわからない冒険者より、安定してる奴にしておけ」
「んー、あんまりいないと思うけどなぁ……」
絶対身分隠してるだけで貴族の三男とかいるから。
冒険者の中でも身分低い方だよ俺。
ていうか同じパーティーに東方諸国の貴族の娘にエルフの王女がいる時点でわかるだろ。探せばいるんだよ。
そんなことをルシールと話していると、馬車の中が静まり返っていることに気がつく。
クロエは目を見開いて口をパクパクさせている。
殿下は……なんか、遠い目をしてる。
ヴィオレット嬢は楽しそうにこっちを眺めている。
さて、問題は俺の隣にいる三人だ。
目をガン開きでこっちを見ているのがカルラ。
ジトっとした目で見ているのがマリアンヌ、こめかみに青筋が浮かんでいるのがアストレア。
フッ……
まあ落ち着け。
気持ちはわかる。
なんだかんだ一緒に過ごしてきた異性が全く関係ない相手と男女の付き合いがあったらなんか微妙だもんな。
わかる。
俺がその立場だったら今頃死んでる。
なんなら今この時点で暴露されたらすぐ死にますけど。
「フィ〜〜〜ン〜〜〜? 私が今何を言いたいか、わかるわよねぇ」
「フィンさん。今すぐ洗いざらい吐いてもらいましょうか」
「待て。俺は何もしてない。ルシールと会ったのだって偶然で……」
「他にも関わってる女がいるでしょーが! さあ吐け、キリキリ吐け!」
責めるような二人の視線。
でも本気で怒ってるわけじゃない感じで、心底軽蔑したというものではない。どっちかというと、呆れ混じり……?
ウホホッこれは新鮮だ!
これまであんまり味わったことがないタイプ! あ、でもパーティー組んだばかりの時はよくこうなってたっけ? 被弾するとアストレアにこういう目で見られてた気がする。
懐かしいなぁ……故郷の味みたいなものだね。
いただきます!
「小娘。ちょっとこっち来い」
「ひえっ……す、すみませんすみません。出来心だったんです」
「なに、怒ってなどおらぬよ。ただなあ? いい度胸だと思っただけだ」
「それもう怒ってるじゃないですかぁ! 私だって必死なんですよ!」
「ええい、我らを差し置いてフィンに告白など片腹痛い! そこになおれ!」
「ひぃんっ! 殿下助けてっ!」
「ルシール、お前もか……。私を差し置いて……出会っていたんだな……」
「殿下ぁ!?」
──そんなくだらない会話をしている内に、馬車は進んでいく。
王都から大体五時間ほど、一度休息を挟んで辿り着いた山の麓が、〈瓦礫の山脈〉だった。
───
──
───
「〈変数〉が範囲内へ到達。作戦が最終段階へ移行する。準備はできているな、〈獅子王〉」
瓦礫の影にソレは佇んでいる。
黒いローブで全身を隠しているためハッキリとは見えないが、その瞳はどこか無機質で、生物ではない無機質な別物のように感じ取れる。
その隣には巨躯を持つ巨人。
人間三人分ほどの大きさを持つそれは全身の筋肉が隆起しており、赤の肌と黄金の髪を持っていた。
「フン。たかが人類を相手にこのような小細工を……」
「そのたかが人類に手こずっているのが我らに他ならない。これでも足りないくらいだ」
「ハッ! 俺と、貴様がいるのにか?」
自信ありげに語るソレの顔は獅子そのもの。
人とは一線を画する生物であるのは一目瞭然であった。
昂る獅子とは違い、黒ローブは平坦な声で続ける。
「そうだ。
「……チッ! お前は人類を過大評価しすぎなのだ! あの〈勇者〉とて我らが一斉に掛かれば──」
獅子が吼える。
だが黒ローブは取り合わない。
無機質で何を見ているのかわからない瞳を動かして、口を開いた。
「……疑うのか? 〈叡智〉の号を魔王様から頂きし、私を」
その言葉に獅子は口を閉じ、舌打ちをしてから続けた。
「……フン。貴様の功績は計り知れんものだとわかっている。他の連中と一緒にするな」
「ああ。頼りにしているぞ」
なんの感情も乗ってない言葉を不気味に思いつつ、獅子は戦いへと思考を寄せる。
そんな相方を一瞥してから、〈叡智〉と名乗ったソレは、ギョロリと瞳を動かした。
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