終章 未完成のページと物語への反逆

 勇者レオンとすれ違ったあとも、

 胸のざらつきは消えなかった。


 屋敷へ戻るなり、真っ先にあの奇妙な冊子――攻略本を開く。

 何度も読み返してきたはずの最後のページ。


 けれど今になって、初めて目に飛び込んできた一行があった。

 まるで、黒く滲んでいたかのように。


『――私は、選択を誤ったのかもしれない。

 このままでは、破滅の未来しか残されていない。』


 手書きの文字。

 乱れていて、どこか取り乱したような筆跡。


 そしてその下に、もう一行。

『もしこのノートを読む者がいるなら、頼む――この世界を救ってくれ。』


 鼻で笑いが漏れた。


「……失敗者の、遺言か。

 救う、ね。ずいぶんと安っぽい言い回しだ。」


 そもそも、救うとは何だ?


 この世界の脚本をなぞり、勇者が輝き、

 妹が破滅し、

 脇役はモブとして消えていく――


 そんな物語のどこに価値がある?


 この冊子の書き手は、もう続きを書けなくなったらしい。

 最後に残されたのが、この頼りない懇願か。


 未来を知りながら、それでも破滅を回避できなかった無力な書き手。

 この世界に触れながら、何一つ変えられなかった者。


「救えなかったのは、お前自身だろう。」

 ページを閉じる音が、妙に大きく響いた。

 この世界が勇者レオンを中心に回ることも、

 アリステラが破滅へと進む既定ルートも――


 すべては、誰かが書いた安っぽい筋書きにすぎない。


 ……ならば。


「書き直せばいいだけだ。」

 俺は椅子に深く腰を下ろし、

 指を組み、冷静に思考を整理する。


 やるべきことは、すでに決まっている。


 妹の破滅フラグを、すべてへし折る。

 愚かで、気位ばかり高い……ツンデレという言葉が妙にしっくりくる、そんな妹を、二度と泣かせないために。


 勇者レオンから、主役の座を奪う。

 今日、本来はヒロインが拾うはずだった運命イベントを、俺が踏み抜いた。

 既に脚本は歪み始めている。


 王都の魔法学院へ行き、物語の中心へ乗り込む。

 勇者もヒロインも、その他の主要人物も、すべてがそこに集まる。

 物語の始まりの舞台――ならば、そこで俺が動く。


 問題はひとつ。

 俺は、魔力を持たない。

 本来なら、学院へ入る資格すらない。


(だが……策はある)

 貴族社会の裏を知り尽くしたローラン家の長男にして、

 脚本の先を読めるこの俺に――抜け道のひとつも見つけられぬはずがない。


「アリステラには……恋愛指導の続きでもしてやるか。」


 思い出す。

 舞踏会の夜、裏で震えていた妹の顔。


 強がりながらも、俺の言葉にすがるような瞳。

 俺が作るルート以外、歩ませるつもりはない。


 窓を開ける。


 冷たい風が流れ込み、

 冊子のページがぱらぱらと、勝手にめくれていく。


 未完成のまま止まった最終ページが、月光に照らされていた。


 誰かが書きかけて、途中で投げ出した――粗雑な脚本。


「……こんなものに、世界を任せる気はない。」


 俺は冊子を静かに閉じ、立ち上がる。

 そして、宣言する。


「この世界を動かすのは――誰でもない。俺だ。」


 それが、「悪役」としての、最初の反逆だった。

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