彼女がスタンガンを手にするのは護身用じゃないんだ

KYo太60♪

スタンガンです

 バチン。

 スタンガン。

 それの主な使い道は護身です。

 放電音と光を見せることによる威嚇だけでも効果があり、逃げるための時間を稼ぐことができるという。

 万が一、相手に接触してしまった場合は、一時的な、行動不能を目的として、相手の体に接触させて使用するらしい。

 つまりスタンガンは普通は護身用に使うものである。

 ならば雉ノ亮はなぜガールフレンドにスタンガンを向けられているのか。

 答えは単純明快。

 それは……


 時が遡り雉ノ亮は転校する。

 彼は現在十六歳である。

 高校二年生で今度で人生の中で十六回目の転校であった。

 彼の現在の心境は無である。

 周りではボーブラボーと別れの歌が歌われていた。

 雉ノ亮は誰のことも見えていない。

 彼には友達というものがいないのだ。

 作ろうとしたが天の計らいか全て無駄に終わってしまったらしい。

 この十六年間、思春期を同性や異性からの『愛』を知らずに育ってきた。

 ちなみに前者の『愛』を知っていたらまずいことを彼は知っている。

 学校を去る時誰も見向きもしない。声もかけない。顔すら見せようとしない。

 恐らくチラリとは顔を合わせた人がいたがそれは他人以下というどうでもいいものなのだ。


「清々しい……」


 校門を出て呟いた一言がそれであった。

 そして次の学校を雉ノ亮は目前として……

 ザッザーン。

 天候が極めて悪いわけではない。

 晴れ間はちょくちょく見えているくらいだ。

 しかし学校の外見が雉ノ亮が聞いていたのとは少し……大分違った。

 引英高校。

 十年以上前から建てられた割と新しい学校だと聞くが……ヒビ割れが目立っていた。蔦が生い茂り、窓ガラスにはガムテープが目立っている。そして何よりキノコがこれでもかというほど生えていたのだ。


「……臭う」


 正門を潜り抜けて中庭へと入り込むと花壇に植えていたのはラフレシアだったのだ。


「なぜ?」


 この時、雉ノ亮は疑問に囚われた。

 彼は植物には詳しい方ではないのだが植えるとするならばカスミソウかガーベラではないのか。とワードだけで発想する。

 そして先程より彼は刺さるような視線を感じていた。


「……ふん」


 –––––––ラフレシア。とにかくラフレシア。

 下駄箱の周りにも色々とあったが雉ノ亮は己を保つためにラフレシアのことを心に留めていた。


「フフフ……アハン……デヘデヘ……ドーモ」


 音は反響するがなにも聞こえないと雉ノ亮は自身に言い聞かせた。

 ひんやりとした空気が肌を撫でるかのように……それでも生暖かいような錯覚に陥る。

 それでも彼は平静でいた。

 廊下を進むにつれて四角いボックスに放り込まれたような気分になる。視界はまどろみまるで虚構と三千世界を一瞬にしてなん往復もさせられたかなような気分にであった。


「スーッハアー」


 だが、しかし、今まで十五回も転校を繰り返してきた雉ノ亮。ここで呑まれるようなやわな男ではない。

 教室の扉を開ける。

 ギィィィィィ。

 建て付けが悪かった。

 そして視線に気づいた。

 雉ノ亮は持ち前の肋骨が浮き出るほどの痩せた体を生かして中へと入る。

 フッ。

 自分を注視されていたと思われたがクラスの全員が黒板を見ていた。

 気のせいだったか。

 静かに安堵のため息を漏らす。


「丁度いいところに」


 やけに大きな頭を刈り上げた男だ。

 恐らく教師だろう。

 ナマコみたいな変わった声の人だ。

 雉ノ亮は思わず心の中で笑ってしまう。


「笑わなくてもいいじゃないですか」

「!」


 なんだ今のは!

 雉ノ亮は警戒する。

 するととある女と目が合った。

 彼から滲み出たひとひらの思いが––––––––綺麗だった。

 まるでこの世の全ての着せ替え人形ビクスドールを並べても目移りしてしまいそうなほどの美しさだった。


「フフフ」


 彼女の静かな笑い声が聞こえた。


「名前を……」


 男の声も聞こえるが雉ノ亮にとってはどうでもいい。

 ナマコが粘液を吐き出すような音なんて……

 あの子はなんでいうのだろうか。


「……」

「フフ」

「アナタの名前を」


 途中でナマコの吐瀉物を吐きかけるような声がしたがそれでも雉ノ亮は女に見惚れている

 きっと綺麗な名前をしているんだろうなぁ。


「さっさと黒板に書いてください」


 黒板……それはない。でもきっとどんな名前でも似合いそう。

 この時、彼はとてもぼんやりとしていたそう。


「あの子のことが気になるようで」

「はい……」


 ナマコみたいな感じの人に呟いてしまった。


「ナマコとは失礼な。まずは自己紹介からいたしましょうか」


 とてもじゃないが雉ノ亮は聞く気にはなれなかったみたいだ。

 それほどまでに真剣に見惚れている。


「私、教師の––––––––」


 雉ノ亮はナマコ教師の言葉が聞き取れないほど見惚れているのだ。

 彼女の呼吸をする時の動作、瞬きの瞬間、首を動かす時のしなやかさ。

 先程までの不気味であった空気でさえも小鳥の囀りに変えてしまうような呟き。そしてその空気に揺らいでもなお光り続ける夜空の月光に似た御髪。

 ああ、触りたい……


「どうぞ」


 ストン。

 気づいたら雉ノ亮は椅子に座っていた。そしてなんと彼女の隣の席にいたのだ。


「えっと、あの……」


 彼女は微笑んでいた。

 雉ノ亮はまず先になぜ自分が急に椅子に座っているのか疑問に思ったがそれは天使のような笑顔によってかき消されてしまった。


「なにか言うことありませんか?」


 雉ノ亮という男は学校で美女に恵まれなかった。

 天の計らいか運が悪かったのか。


「両方ですよ」


 ナマコ教師の声がしたが彼は無視を決め込んだ。


「あの、聞いてます?」

「あ、ごめんなさい、ええっと……」

「いいんですよ、先生も許してくれますよ」


 彼女はそういうと教師の方をチラッと見た。


「まあ、続きをどうぞ」


 この違和感はなんであろうか。

 雉ノ亮は考えるが、


「ね!」


 となぜか彼女から一文字強めに表された。

 そして雉ノ亮の反応を伺っているようだ。


「ええっと、はじめまして、僕は空無多あなた雉ノ亮……君は?」

「大分、雰囲気変わりましたね。それからこれは挨拶代わりです」


 彼女が手にしているのは黒い片手持ち専用の長方形の先端が凹みバチバチと煌めきが轟いている……


「これもまた一興」


 教師が呟く。


「なにが言いたいかわかりますか?」


 彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。


「多分、当たっています」


 バチン。


「す––––––––」


 雉ノ亮が何か言おうとしたその時、目の前を閃光が走った。

 刹那、視界は暗くなり意識がなくなった。

 わかるものがひとつ––––––––アレはスタンガンだ。

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