6-4
◇
元の世界に戻った俺たちは、傘なんか差さずに走った。
動物病院が見えて、お互い荒れた息なんて気にすることなくその中に駆け込んだ。
「おぅわ!?なんだなんだ!?」
入ってすぐの待合室にいた親父が驚愕の声を上げる。
「どしたお前ら!?また野良猫拾ってきたのか!?」
「おやっ、親父っ!!あの、ダックス…ど、どうなっ──ゲホッ!!」
慌てて尋ねるそれも、息絶え絶えで言葉にならない。俺のそれを見た親父は、ため息を一つ。
「…とりあえず、落ち着け二人とも。奥に患者さんと飼い主さんいるんだから、静かにしろ。」
そう言って、親父は閉じられた診察室のドアを顎で指す。
「…あのダックスのことだろ?俺は人間の浅はかさを再確認してちょっと疲れてんだよね。」
「………?」
そう言って、親父はヘラリと笑う。
親父が、こうして笑う時。それは、いつも──
◇
あのダックスは、突然に数値が回復へ向かったらしい。もうダメだ、と思っていたら、なぜか突然。
急いで投薬なりなんなりをして、ダックスにはもう一踏ん張りしてもらって…今は、とりあえず状態も安定して眠っている。
別に、免疫疾患が治ったわけじゃない。でも、初めてその治療が良い方向へ向かい出した。それを聞いて、俺は思わず側の椅子に腰掛ける。
「…人間様がよ、色々学んで研究して弾き出した確率の数値なんかでもよ。あの小さな命は、それをベシッと跳ね除けちまうんだよな。」
親父も同じように椅子に座り、疲れたように息を吐く。
「…この仕事やってると
親父はまたヘラリと笑う。
「…奇跡、ってやつ?」
…診察室のさらに奥の部屋では、ダックスがゲージに入って眠っている。
その前で、一人の女性がそれを見守っていた。その目を真っ赤に腫らしながら…愛おしそうに。
◇
…夜も遅く、俺はそのまま野田さんを家まで送っていた。
野田さんは、さっきからずっと何も喋らない。…まぁ、色々あったし色々叫んでたし…ここはそっとしといてやろう。
人通りの少ない道で、周りの音は夏の虫の声だけ。
街灯に照らされながら、野田さんの少し斜め前を歩き続ける。
…今日の野田さんは、凄かったな。彼女はやっぱり、心の優しい人なんだ。それを、再確認できた。
そんな事考えていたら、後ろにいた野田さんが立ち止まる。それに気付いたから、俺も同じく足を止める。
「…どした?」
振り返って尋ねても、返事はなし。
…うーん、困ったなぁ。とか考えてたら、唐突に…野田さんの瞳から…ボロボロと涙が流れ出した。
「ちょっ、ええっ!?だ、大丈夫か!?」
突然のその無言の号泣に焦る俺。
「──よかった…。」
…彼女は呟き、その涙を手で拭う。それから…そのまま、その身を俺に預けた。
「ココ君…生きてた…よかったぁ…っ!!」
…そのまま、俺の胸の中で涙を流した。…今、
今回のMVPは、間違いなく野田さんだ。俺は諦めてしまっていたのに、野田さんはその命に寄り添い続けた。
…別れから逃げ続けている彼女だけど。でも、それは…命を諦めない強さにも繋がっている。
…俺は今日、野田さんの強さを見たんだ。胸の中で震える小さな頭に、そっと手を添える。
「…お疲れ様、野田さん。」
そう言って、そっとその小さな少女を優しく撫でたのだった。
あの黄昏にさよならを @naclnacl
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