6-4


 元の世界に戻った俺たちは、傘なんか差さずに走った。

 動物病院が見えて、お互い荒れた息なんて気にすることなくその中に駆け込んだ。


「おぅわ!?なんだなんだ!?」


 入ってすぐの待合室にいた親父が驚愕の声を上げる。


「どしたお前ら!?また野良猫拾ってきたのか!?」


「おやっ、親父っ!!あの、ダックス…ど、どうなっ──ゲホッ!!」


 慌てて尋ねるそれも、息絶え絶えで言葉にならない。俺のそれを見た親父は、ため息を一つ。


「…とりあえず、落ち着け二人とも。奥に患者さんと飼い主さんいるんだから、静かにしろ。」


 そう言って、親父は閉じられた診察室のドアを顎で指す。


「…あのダックスのことだろ?俺は人間の浅はかさを再確認してちょっと疲れてんだよね。」


「………?」


 そう言って、親父はヘラリと笑う。

 親父が、こうして笑う時。それは、いつも──



 あのダックスは、突然に数値が回復へ向かったらしい。もうダメだ、と思っていたら、なぜか突然。

 急いで投薬なりなんなりをして、ダックスにはもう一踏ん張りしてもらって…今は、とりあえず状態も安定して眠っている。


 別に、免疫疾患が治ったわけじゃない。でも、初めてその治療が良い方向へ向かい出した。それを聞いて、俺は思わず側の椅子に腰掛ける。


「…人間様がよ、色々学んで研究して弾き出した確率の数値なんかでもよ。あの小さな命は、それをベシッと跳ね除けちまうんだよな。」


 親父も同じように椅子に座り、疲れたように息を吐く。


「…この仕事やってるとたまにあんだよな。こう、数字なんかじゃねぇ…なんつーか、」


 親父はまたヘラリと笑う。


「…奇跡、ってやつ?」


 …診察室のさらに奥の部屋では、ダックスがゲージに入って眠っている。

 その前で、一人の女性がそれを見守っていた。その目を真っ赤に腫らしながら…愛おしそうに。



 …夜も遅く、俺はそのまま野田さんを家まで送っていた。

 野田さんは、さっきからずっと何も喋らない。…まぁ、色々あったし色々叫んでたし…ここはそっとしといてやろう。


 人通りの少ない道で、周りの音は夏の虫の声だけ。

 街灯に照らされながら、野田さんの少し斜め前を歩き続ける。

 …今日の野田さんは、凄かったな。彼女はやっぱり、心の優しい人なんだ。それを、再確認できた。


 そんな事考えていたら、後ろにいた野田さんが立ち止まる。それに気付いたから、俺も同じく足を止める。


「…どした?」


 振り返って尋ねても、返事はなし。

 …うーん、困ったなぁ。とか考えてたら、唐突に…野田さんの瞳から…ボロボロと涙が流れ出した。


「ちょっ、ええっ!?だ、大丈夫か!?」


 突然のその無言の号泣に焦る俺。


「──よかった…。」


 …彼女は呟き、その涙を手で拭う。それから…そのまま、その身を俺に預けた。


「ココ君…生きてた…よかったぁ…っ!!」


 …そのまま、俺の胸の中で涙を流した。…今、ようやくその実感がきたって事か。


 今回のMVPは、間違いなく野田さんだ。俺は諦めてしまっていたのに、野田さんはその命に寄り添い続けた。


 …別れから逃げ続けている彼女だけど。でも、それは…命を諦めない強さにも繋がっている。

 …俺は今日、野田さんの強さを見たんだ。胸の中で震える小さな頭に、そっと手を添える。


「…お疲れ様、野田さん。」


 そう言って、そっとその小さな少女を優しく撫でたのだった。

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あの黄昏にさよならを @naclnacl

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