6-2
◇
近くにあった電話ボックスの前に立つ俺達。男性は、その中に入り…とある人に電話をかけていた。
それは、男性の恋人…彼女さん。お別れを言いたい人は沢山いただろうけど、多分、もう時間はないから。だから男性は、その人の番号を選ぶ。
スマホの電波は意味を為さないこの世界でも、何故か公衆電話だけは使える。それが、"さよなら"を伝える手段となるとは。
数回のコール音の後、電話は繋がったようだ。男性は、"もしもし"と話し始める。
「…今、なにしてる?…そっか、ゴメンな、仕事中に。ちょっとだけ、話がしたくてさ。」
…彼女さんは、仕事中だったようだ。
今さっき起きたばかりの事故。そりゃ、まだ彼女の耳に届いてなくて当然だ。だからきっと、この電話を怪訝に思ったかもしれない。
「えっとさ…あんまり時間ないっぽいから、伝えたい事だけ伝えるんだけどさ…」
一つ一つ、言葉を整理するように…男性は紡ぐ。
「ええっと…来月の旅行、行けそうにねぇや。ごめんな。」
電話越しに、男性はバツが悪そうに笑って頭を掻く。
「…あんま、引き
…でもそれは、彼女からしたら何の話か分からない会話。それでも、男性は気にする事なく、自分の言葉を伝える。
「…俺、応援してるから。仕事、頑張れよ。」
…俺は、自らの掌を強く握る。握り締める。…これしか出来ない、自分が悔しくて。
「…あはは。いや、フザけてるんじゃなくてさ。…本当に、一緒になれてよかったって思ってるから。」
最期の会話を、楽しそうに交わす男性。その男性の体が、淡い光を
「…もう、行かなきゃいけないみたいだ。…えっとさ…本当に、今までありがとう。」
男性は、受話器を握りながら、その手を震わせる。
「…俺、幸せだったよ。…一緒に、幸せを見届けられなくて…ごめんな。」
目元から、一筋の涙を溢す。
「…幸せになれよ。」
男性は、大きく息を吸い込んだ。それから、"それ"を告げる。
「──さよなら。」
…受話器を置いた男性は、もうその身が光に包まれていた。俺達の方へ振り返り、満足そうに笑う。
"ありがとう"
多分、そう言ったと思う。
…消えてしまったその姿に、聞き返すことはできなかった。
◇
俺と野田さんは、オレンジ色に染まる鳥居の前で立ち尽くす。
…あとは潜って、帰るだけ。でも…俺たちの肩にのしかかる喪失感が、その足を動かさなかった。
「…私…救えるって、思ってた…。」
小さく溢す野田さんは、その背中を震わせる。
「…誰かの為に、なれるんだって…思ってた…。」
…俺は多分、続きを言う前に野田さんに声をかけてやらないといけなかった。でも、俺も彼女が感じているのと同じくらいの虚無感に襲われていたから…。
「…なんにも、できなかった…。」
…そう呟いて、彼女はゆっくりと重い足取りを進めた。鳥居を潜った彼女に追いつこうと、俺も続く。
鳥居を抜けると、そこは元の世界。雨がポツポツと降り注ぐ、曇天の空。まるで、俺達の心を写したよう。
ゆっくりと、俺たちの足は進む。
「…救えない命もある。それは、仕方ねぇよ。」
…それをその小さな背中に呟いて、自分にも納得させようとした。
分かってた、はずだった。でも、分かっちゃいなかったんだ。
だから俺達は…いつまで経っても傘を差すことなく、その雨に打たれていたのだった。
その後、俺達は人混みで騒めく駅前を通り過ぎて、帰路に着いた。
それから、駅前で起きた事故のニュースを耳にする。
一台のトラックが中央分離帯に突っ込んで、運転席部分が大破した。通行人や他の車両に被害はなかった。
トラックのドライバーの男性は…亡くなったらしい。
◇
夏休み十九日目。
その日も天気は悪かった。雨こそ降ってはいないけど、どんよりとした空が一日中頭上を覆っていた。
…その日、俺は黄昏の国へ行かなかった。確認はしていないけど、多分、野田さんもそうだと思う。
「おにぃ、ハーゲン。」
夜。家のソファでボーッとしている俺に、妹の空は偉そうに告げる。
「…足りな過ぎるだろ、
「言わないと伝わんないの?ハーゲンダッツ買いに行かせてあげるって言ってんだけど?」
「どんな目線から言ってんの?」
そんな上の方からモノ頼んでたとは、そりゃ言われねぇと伝わんねぇわ。
空はやれやれとわざとらしくため息を吐く。
「おにぃなんか最近元気ないから、はやく元気になってほしくて夜風浴びながら気分転換にカワイイカワイイ妹の貢物を買いに行って元の従順な下僕に戻させてあげるって言ってんの!」
「後半が不純物に
こいつ本当に妹か?妹の姿した人の心持たないサイボーグとかじゃない?
でも、気分転換が必要というのはその通りだ。だから俺はソファから立ち上がる事にしたのだった。
◇
夜の街灯に照らされた道を歩き、駅前近くのコンビニに辿り着く。輝いて見えるコンビニの照明を浴びながら店内へ入り、アイスコーナーに向かう。
そんな俺に、ある人が声を掛けてきた。
「あっれ、りっくんじゃん!奇遇ぅ!」
それは、野田さんの叔母の…
◇
コーヒー奢るから一杯どう?と、そのまま奏さんに外まで拉致られる事に。
近くの歩道の防護策に座り、奏さんは缶コーヒーを俺に手渡した。お礼を言って、それに口をつける。
「いやぁ、妹ちゃんの為にアイス買いに行くとかいいお兄ちゃんしてんねぇ!」
「…正しくは買いに"行かされてる"ですけどね。」
自嘲するように笑って、また缶コーヒーを啜る。
…しばらく、無言が続く。それはまるで、次の言葉を躊躇うかのような間だった。
「…凪と、なんかあった?最近あの子、元気ないから。」
…で、それを問われた。すぐに否定しようとしたけど、少し間を置く。
「…別に、何も。ただ…悲しい事が目の前で起きて…それで、お互いちょっと元気がなくなったって感じで…」
その説明になってない説明に、思わず自分でも何言ってんだと自嘲する。
「…ま、若いうちは色々あるわよね。それも青春よ。」
奏さんはそう言って笑う。…多分何も分かってないけど、でも追及もしてこない辺りは気を遣ってくれているんだろう。
「…私はさ。あんまり凪に気を許してもらえてないから…そういう事、聞けないんだ。」
…奏さんっぽくない、ちょっと憂いに満ちた声。
「…ほら、私ってあの子の母親の…あのバカの姉だし。私を見ると、なんとなく母親を思い出しちゃうんだろうね。」
「…それは…。」
それは違うだろ、と否定はできない。
野田さんは、母親から
それに近い姉である奏さんにも、なんとなく良い印象がないんだろう…というのは想像に
「でもね。私にとっては、娘みたいな存在なのよ。だから…あの子には、ちゃんと笑ってほしい。」
…それは、嘘のない言葉。
「…うちの母は、もう…多分、その時が近いからさ。凪のその後の心の拠り所が、心配なの。」
…おばあさんの余命。それは本人も言ってたし、もう本当に目の前のことなんだろう。
「…私じゃ、それになってあげられないみたいだから…」
そこまで言って、奏さんは俺を見る。それから、ニコッと、笑う。
「…りっくんが、そうなってくれると…叔母さん嬉しいな。」
…缶コーヒーを飲み干して、俺もその目に向かい合う。
「…おばあさんにも、言いましたけど…」
…それは、願望にも近いけど。でも、彼女の心に寄り添いたい。
「…俺が、支えます。」
そう言うと、奏さんは満足そうに笑う。
「…りっくん、彼氏みたい!」
「いや、そういうんじゃなくてね!?なんというか、こう…伝わんねぇですかね!?」
…野田さんは、独りだって自分で言ってたけど…そんな事ない。こんなにも、彼女の周りは暖かい。
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