5-2
◇
それから、野田さんと俺とで…二人が出会った夏休みの日々の話をおばあさんに話した。もちろん、黄昏の国については無しで。
多分おばあさんも、野田さんから聞いた事のある話だっただろうけど…嬉しそうに、楽しそうに、ニコニコと笑ってそれを聞いてくれた。
野田さんも、無邪気に笑ったり、照れたり、怒ったり…なんというか、凄く喜怒哀楽豊かに喋っていた。
それは多分、おばあさんが相手だからなんだろう。おばあさんと一緒の時はいつも、こうなんだろう。
いつも無表情で、遠くから世界を傍観してるような彼女ではなく…年相応に感情を動かす少女が、そこにはいた。
「それにしても、凪ちゃんと仲良くなってくれる子がいてくれてよかったねぇ。」
「なにそれおばあちゃんっ!私が変な子みたいじゃん!」
おばあさんの言葉に、"もうっ"と不機嫌に返す野田さん。その…恐らく"本当の野田さん"の姿が、眩しい。
…このたった十数分の中で、分かった。やっぱり野田さんにとって、このおばあさんの存在は──
「このままアナタが、凪ちゃんのボーイフレンドになってくれたら…おばあちゃん嬉しいんだけどねぇ。」
「…いやいや、何言ってんですか。」
急にそんな事言われたもんだから、普通に否定する。…そもそも告白したら振られるってお墨付きなんで。
が、それを言われた野田さんは、腕を組んで難しい顔をする。
「…おばあちゃんが、そうしてほしいなら…。」
…と小さく呟いたのを聞いて、思わずドキリとしてしまう。
えっ、マジ?おばあさんが望んでるんならアリなの?おばあさんパワー凄すぎない?
しかし、その後すぐ野田さんの顔は険しくなる。
「…いや、でもなぁ…!さすがに、ちょっと…う〜ん…!」
「そんな身を切るような顔せんでも。」
どんだけ嫌なん?そんなにナシなの?そこら辺マジで全くブレないからある意味安心するわ、ちくしょう。
そんな時、この家の玄関のドアが開く音がした。それから物音と共に、足音が玄関からこちらへ続く。
「具合はどう母さん〜?今日はご飯食べれた〜?」
そんな声と共に、この和室に一人の女性が顔を覗かせた。
その女性は、部屋の中の野田さんと…俺を見て、ギョギョっと目を大きく見開く。
「えっ!?あれ!?凪の彼氏!?うそ!?あっ、ごめんおばさん邪魔しちゃった!?もう一回玄関からやり直した方がいい!?」
「
暴走するその女性に、野田さんはいつも通りの冷静なトーンで返す。
女性──
「…あっ、君ってあれか!噂のヤマブキ君か!私は凪の叔母やらせてもらってる野田
「…山吹です、どうもです。」
圧とテンションに押されて、とりあえず一言自己紹介だけしてペコリと頭を下げる俺。
…なんだろう。出会ってまだ数秒だが、俺多分この人苦手だ。テンションが。
◇
その後、奏さんも交えて改めてお互いの自己紹介を交わした。
奏さんは野田さんのお母さんの、姉らしい。で、その母である野田さんのおばあさんの介護やら何やらをしに毎日のようにここを訪れてるようだ。
奏さんもこのマンションの住民で、介護が必要になったおばあさんを野田さんと共にここへ引越しさせたって流れのようだ。
住んでる部屋は別々だけど、同じマンションならお世話もしやすいし合理的だ。
そしてこの奏さん。…野田さんの母親の姉、で、おばあさんの娘、という情報から…もうそこそこの年齢なのは間違いないんだけど、そんなの感じさせない若々しさがある。美魔女というやつだろうか。
…野田家の遺伝子は凶悪という事か。
「やぁ〜、りっくん良い奴そうで良かったよぉ!凪あんま男慣れしてなさそうじゃん?だから変な男に捕まったんじゃないかって心配してたのよ叔母さん!」
と俺を"りっくん"呼びしながら肩をバシバシ叩く奏さん。色々言いたい事はあるが、野田さんは男慣れしてるぞ多分。めっちゃ使いこなしてるぞ、男の心と財布。
俺からの返事を待つ事なく、今度は「あっ!」と大きな声を上げる奏さん。
「てかおもてなし用のデザートなんもないじゃん!今から下のコンビニで買ってくるから待ってて!」
と言って立ち上がる奏さん。
「いや、お気遣いなく。別に俺は──」
「りっくんに気遣ってるわけじゃなくてこっちの
うーん、話が出来ない。
「凪ちゃん。」
そんな騒がしい光景の中、ベッドで横たわるおばあさんが野田さんに声を掛ける。
「おばあちゃん、山吹君と二人でお話がしたいわ。凪ちゃんも奏と一緒に買い物付き添ってあげなさい。」
「え〜………分かった。」
おばあさんのその頼みに、野田さんは渋々と言った様子で立ち上がる。それから、奏さんと共に部屋から出る。
二人分の足音が玄関まで行き、ドアの開閉音がしたあたりで…おばあさんは俺にニコリと笑いかけた。
「…えっと、俺と話って…?」
…凄くとんとんとした流れで二人っきりにされたから、急に焦り始める俺。
何言われんだろ。うちの孫に手ぇ出すなとかキレられんのかな。すぐ土下座できるように前傾姿勢になっといた方がいいかな。
「…凪ちゃん。学校では、どんな子なんだい?」
おばあさんはそんな事を問う。
…学校、ではって…これはあれか、気を遣って"元気にしてますよ"とか言った方がいいやつか?
…いや。おばあさんの目は、そんな飾った言葉を望んでない。
「…彼女は…野田さんは、誰かと関わる事を極端に避けてて…いつも、独りで…」
…そこまで言って、続きが出てこない。が、おばあさんは満足そうに頷く。
「…そうかい。あの子はね…奏にはあまり懐いてなくて…私にだけは懐いてくれて…私の前でだけは、子供でいてくれるんだよ。」
…それは、今日の野田さんを見れば分かる。おばあさんの存在が、彼女にとってどんなものなのか。
「…私はもう、ながくないんだよ。」
そしておばあさんは、唐突にそれを口にする。
「もう多分…夏は越せない。自分の体だからね、分かるんだ。」
「…そんな…だっておばあさん、元気そうじゃ…」
否定の言葉を口にしようとすると、おばあさんはニッコリ笑う。
「
「………。」
…言葉を失う。本人が言うんだ。それは多分、そうなんだろう。
「…私はながくないってこと、凪ちゃんにも…伝えたんだけど…なかなか、その話になると…ちゃんと聞いてくれなくてねぇ…。」
おばあさんは、自らの上で丸まる黒猫のラッキーを撫でる。
「…ちゃんとさよならを、言ってあげたいんだけどねぇ…凪ちゃんが、私を大切にしてくれてるのが分かるから…私も、なかなかそれが言えなくてねぇ…。」
…悲しみ、とかではない。純粋に、孫を心配する祖母の言葉。
必ず訪れる"それ"から。もう近い未来に訪れる"それ"から逃げようとしている孫を、心配している。
「…あの子には…辛い思いをさせちゃったからねぇ…。悲しいだけの"さよなら"は…あの子をまた、閉じ込めてしまうような気がしてねぇ…。」
…野田さんの過去。彼女から聞いた断片的な話でも、決して明るくない事は分かる。
唯一の拠り所としてるこのおばあさんを、失ってしまったら。彼女は…どうなるんだろうか。
おばあさんは、ラッキーを撫でる手を止めて俺を見る。
「…凪ちゃんのこと。頼んでも、いいかい…?」
…優しさの籠る瞳。それを向けられた俺は、嘘偽りなく、飾らない言葉を返す。
「…はい。俺が、支えます。」
それを聞いたおばあさんは、満足そうに微笑むのだった。
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