第五話 さよならには、まだ早いよ

5-1

 夏休み十七日目。

 その日はがくと共にゲームセンターで青春をする時間を過ごしていた。

 と言っても、格ゲーの機体で二人してギャーギャー騒ぎ合うだけの男臭い時間。


 そういうのがひと段落ついたところで、横にいた楽の腹が鳴った。


「腹減ってったなぁ。なんか食い行く?」


「そろそろ昼飯時か。」


 ポケットのスマホを取り出して時間を確認したら、もうそんな時間。

 それを確認し終えてまたスマホをポケットにしまおうとした丁度のタイミングで、その画面にメッセージの通知が。


"山吹君、今どこにいる?"


 そのメッセージは、野田さんからのもの。

 なんだろう、なんか用事なのか?分からんが、とりあえず俺はそれに返信をする。


"友達と一緒に駅前のゲーセンだよ。今から昼飯食いに行くところ"


"そっか。分かった。"


 俺の返事に、それだけをまた返した野田さん。うーん、なんだ?結局要件が分からんな。

 そんなやり取りを、目を白くさせた楽が覗き込んでいた。


「…お前らなんなん?爆発三歩手前くらい?」


「いや爆発する仲にはならんよ。」


 どうやら告ったら振られるらしいし。まぁはたから見たらあの"野良猫"とこんな淡白なメッセージの往復してるだけでも"そう"見えるんだろう。


 今度こそスマホをポケットにしまい、白い目を向け続けてる楽の頬を叩く。


「ほれ、飯食いに行こうぜ。」


「…まぁせやな。ラーメンとかどない?」


「いいね、男の青春感あるわ。」


 という会話を経て、俺達は昼食を取るためにそのゲームセンターから出たのだった。



 ゲームセンターを出て、どこのラーメン屋に行こうか話して、目的地が決まったから歩を進めようとしたタイミングで…彼女は現れた。


「…えっ、野田さん?」


 そう、野田さん。彼女が俺たちの前に現れた。


「私も買い物してて、丁度近くにいたから。」


 と言う野田さんの手のエコバッグには、トイレットペーパーや洗剤なんかの日用品が詰まっている。なるほど、家庭的。

 野田さんにエンカウントした事でテンション上がったんだろう、楽がにこやかに歩み寄る。


「奇遇やね野田さん!今から俺らラーメン食い行くんやけど、野田さんも──」


「その話ってまだ続きそう?」


「えっもうしんどいこの話!?」


 楽の発言が長話判定されてしまったので、彼は膝を落として敗北していた。うん、今のは野田さんが塩。で、野田さんはその視線を俺に向ける。


「山吹君。丁度いいし、荷物持ちしてもらうついでにラーメン食べに行こうよ。二人で。」


「……えっ。」


 …昼食のお誘い。荷物持ちというジョブ付きで。

 困惑しながら、地面に項垂れる楽を見る。楽は恨めしげに俺らを見上げた。


「…爆発二歩手前やないかーーーい!!」


 と叫んでから、彼は綺麗な涙を流しながら何処ともなく走り去ってしまったのだった。

 …すまん楽よ、俺は悪くないんだけど今度ちゃんと埋め合わせしてあげよう。

 悪い側の野田さんはそんなの気にする事なく、手に持つエコバッグを俺に差し出す。


「じゃあ、はい。持たせてあげる。」


「…ありがとうございます。」


 …なんなんこれ。



 ラーメン屋のカウンター席で、俺と野田さんの前にこってり系ラーメンが並ぶ。

 二人して"いただきます"と合掌し、ラーメンをすする。


 …横目で野田さんを見ると、彼女は箸を持つ逆手で髪をかき上げながら嬉しそうにラーメンを口にしている。

 …ラーメン食ってるだけなのに滅茶苦茶可愛いのなんなの、バグか?彼女の顔面か俺の眼球のどっちかのバグか?


 視線がバレたのか、野田さんも横目で俺を見た。それから、小悪魔っぽく薄く笑う。


「…鑑賞料。今日も山吹君の奢りだからね。」


「…はい。」


 …これに関しては反論出来ないから従っとこう。元々奢らさせられる気しかしてなかったし。

 諦めて俺も自分のラーメンを啜る作業に戻る。

そうして、二人が麺を食すだけの時間が流れ…ふと、思い出したように野田さんが口を開いた。


「そうだ。山吹君、この後ひま?」


「…まぁ、暇ではあるな。」


「じゃあ、私のうち来てよ。」


 …食べる手が止まる。麺を咀嚼しながら、その野田さんの発言も脳で咀嚼する。

 …えっ、お家にお呼ばれした…?


「おばあちゃんが、山吹君に会いたいって言ってるんだ。」





 住宅街のマンションが建ち並ぶエリア。その中の一棟に入る野田さんと、それに付き添う荷物持ちの俺。

 野田さんを家まで送った事はあるけど、こうしてマンション内まで入ったのは初めてだ。


 エレベーターに乗り、野田さんが押したボタンの階層まで運ばれる。

 目的の階に到着し、降りた野田さんは迷う事なく進み…一つの戸のドアの前に立つ。"ここ"が、野田さんの家。


 野田さんがそのドアに手をかけようとしたその時、それより先にドアの方が開いた。

 そうして中から一人の女性が現れて、野田さんに気づくなりニッコリ笑った。


「あら凪ちゃん、今帰り?」


「はい。おばあちゃん、どうですか?」


「いつもより元気よ。今朝はちゃんとご飯も食べれたし。」


 野田さんと女性はそんな会話を交わして、それから手を振り合って女性の方は去って行った。


「…野田さん、今の人は?」


「訪問看護の人。おばあちゃんの事診てくれてるの。」


 と言って、野田さんはそのまま家のドアを開いて中に入って行く。

 …訪問看護。…まぁ、そうか。そうだよなぁ。なんとなく、その話は俺の気を重くさせた。

 黙って突っ立ってた俺を、ドアの開けたまま待ってた野田さんがキョトンとした目で見ていた。


「どうしたの山吹君?入りなよ。」


「あ、はい。おじゃまします。」


 謎に敬語で返事をして、俺は野田さんのお宅に足を踏み入れたのだった。

 野田さんは靴を脱いで上がり、俺もそれに続く。リビングまで着いて、野田さんは俺の手からエコバッグを受け取って、それをテーブルの上に置いた。


「おばあちゃーん、帰ったよー。」


 それから、隣の和室に向かって声をかけた。

 そのまま野田さんはその和室へと向かい、俺もそれに黙って続く。

 そこに入ると、その和室には似つかわしくない介護ベッドが見えた。その上に寝そべる、一人の老婆の姿も。


「…あら凪ちゃん、おかえり。」


 その老婆は野田さんに気付くと、ニッコリと優しげな表情で笑った。

 …この人が、野田さんのおばあさん。唯一と言っていた、家族。

 そのおばあさんの上には、黒猫のラッキーが丸まって寝ていた。…もう馴染んでやがるなこの元野良猫。


「…そちらの方は?」


 おばあさんは俺と目が合い、それを問う。だから俺は急いで自己紹介しようと前へ出る。


「えっと、山吹 陸です。」


 …と言って、続く言葉が思い付かない。代わりに野田さんが言葉を続けてくれた。


「えっと…この人が、私が話をしてた山吹君だよ。おばあちゃん、会いたがってたでしょ?」


「…………。…あぁ、凪ちゃんと仲良くしてくれてる男の子かい。そりゃ嬉しいねぇ、会いに来てくれたんだねぇ。」


 少し時間はかかったけど、おばあさんは俺の存在を理解してまた優しそうな笑みを見せてくれた。


「…あなたは凪ちゃんと、どういった関係なの?」


「…へっ?関係?」


 おばあさんにそれを問われ、言葉に詰まる。…関係…なんだろう、命救おう同盟の仲間?…いや、普通に友達──と、言っていいのか…?

 …曖昧な関係。自信がない。

 返答に困っていると、また野田さんが代わって答える。


「…私の、ファン…かな?」


 …ファン、らしいです。

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