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 夏休み十六日目。

 昨日の成功体験もあり、俺も野田さんもご機嫌だった。

 二人して、待ち合わせてるわけでもなく夕方の公園で落ち合って、お互い小次郎とラッキーを撫で合って、それから鳥居へと向かって。


 で、いつものように鳥居を潜って、そうして現れたのはわざとらしいくらいのオレンジ色の世界で。

 そんな世界──黄昏の国に入ってすぐ、"それ"は現れた。


「なぁんじゃ貴様ら!?二人に増えとるのはなんでじゃ!?」


 それは、小さな女の子の声。その声は背中から聞こえたから、振り返る。そうすると、その先にその声に似合う一人の女の子がいた。背丈からして、小学生高学年か中学生か…まぁそれくらいの少女。


「久々に様子を見にきたかと思えば、どうなっとるんじゃ!?」


 と言いながら、何となくご立腹な様子の少女。"なのじゃ"口調の独特な喋り方。

 独特なのは喋り方だけじゃない。その少女は何故か巫女服を着ていて、しかも髪色が嘘みたいに真っさお


「…あっ、管理人さんだ。」


 ちょっとリアクションに困ってる俺の背中から、野田さんがそんな事を言ってその少女を指差す。

 …管理人…あぁ、野田さんが言ってたあれね。

…えっ。


「…このバカみたいな格好でアホみたいな髪色してるボケみたいな口調の少女が?」


「おい貴様いい度胸じゃな!ぶち撒けられる内臓を選ばせてやろう!」


 いやグローい。少女はご立腹な様子をさらに増し、腕を組んで野田さんを睨む。


「…貴様。いらん事せんとの約束で見逃してやっとったのに、いらん事しよったな。…他の人間もこの世界に引き摺り込むとか何考えとんじゃ!」


「え〜…でも、山吹君は特別だし…」


「知らんわ!貴様にとってそのアンポンタンが特別でもわしにとってはただのアンポンタンじゃ!」


 なんか知らんけど俺初対面のロリっ子にめっちゃディスられてる。


 …管理人。話を聞く限り、この黄昏の国について詳しい存在。…多分、只者じゃない奴。

 目の前の少女はパッと見は"キャラ濃くしようとした結果事故起こした痛いロリっ子"だが、そのあまりにもバカみたいな要素の詰め合わせ感が"だだモノじゃない感"を漂わせている。


「…まぁ、よいわ。それよりも貴様ら、最近妙な事しとるらしいな。」


 ロリっ子管理人はとりあえずヒートダウンして、そんな事を口にする。…妙な事?


「とぼけるな。ここに迷い込んだ命を救って回っとるんじゃろう。わしには全てお見通しなんじゃ。」


「あぁ、そのことか。」


 特に隠す必要もない話なので素直に頷く二人。それを見て、管理人は呆れたようにため息を吐く。


「…まぁ、やっとる事は"良い行い"じゃ。別に間違った事はしとらん。じゃがな、その辺でやめておけ。」


 …管理人に、止められた。肯定されたのに、もうやめろと言われた。

 それが理解できなくて、反論の言葉もない。


「命には成り行きがある。運命として決まっている死もある。世の中、そういった事の方が多い。貴様らはたまたま"どっちつかず"の魂に出会い救っていただけじゃ。」


「…よく、分かんねぇんだけど。それの何が悪いんだ?」


「じゃから悪くないし、間違った事はしとらんと言っとるじゃろ。わしは単純に、貴様らの心配をしとるんじゃ。」


 …心配?と言われ、野田さんを見る。彼女も不理解を示して首を傾げている。


「…救えん命の方が圧倒的に多い。それを目の当たりにするのは、人の身には辛いぞ。」


 …と、憐れむような表情を見せる管理人。まるで神様か何かのようだ。

 …救えない命の方が多い。そんなの、分かってる。だからって、救おうとしなくていいって理由にはならない事も。


 俺が何か反論しようとしたら、管理人はそれを掌で制する。


「よい。再度言うが、やっとる事は"良い行い"じゃ。望むのなら、気の済むまでやればいい。」


 と言って、管理人は巫女服の袖を翻して俺たちに背を向ける。


「ただしルールは守るんじゃぞ。必ず門限までには帰れ。破ったら二度とこの黄昏の国には入らせんからな。」


 …いや、門限までに帰れなかったらそもそも二度と向こうの世界に帰れないって話じゃん。まぁ、ルールは守れの意味はそりゃそうだけど。


「…管理人さん、もう帰るの?」


「当たり前じゃ。この黄昏の国は誰も管理しとらんかったから仕方なくわしがたまーに様子を見てやっとるだけで、わしの本業は別にある。」


 と言って、管理人のロリっ子はフワリと宙に浮く。…非現実的な光景だが、もうこれくらいじゃ驚かない。


「…本業ってなんだよ。"のじゃロリ巫女っ子"か?」


 帰るようなので、最後に一つおちょくってやろう。そう思ってその背中に言ってやった。

 そしたら、管理人は首だけ振り向きニヤリと笑う。


「──"神様"、じゃ。」


 ──それを最後に、管理人の姿は光の残像となり消えた。


 残された俺と野田さんは、少しの間だけポカンと見つめ合う。それから──


「…神様って、小せぇんだな。」


「…ね。カワイイ神様。」


 そう言って、可笑しそうに笑ったのだった。


 救えない命の方が多い。そんな事、分かってる。

 分かってる、つもりだった。

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